プロフィール

イッセー尾形のプロフィール

福岡生まれ。

年表

1971年 現在の演出家森田雄三と出会い、共作芝居「ボクシングエレジー」初演を始める(観客2人、1回のみ)
8年間のアマチュア演劇時代。働いたお金を貯めて年2回の発表。観客はゼロ。
1980年 5月
中目黒にある地下の劇場で、「バーテンによる12の素描」を演じる。
これが現在の一人芝居の基となった。(観客5人)
1981年 日本テレビ「お笑いスター誕生」で、さまざまな職業の人物を演じ、8週勝ち抜き金賞を獲得。
一日に2本のドラマを掛け持ちする生活。テレビ界と肌が合わないと知る。
1982年 一人芝居「都市生活カタログ」シリーズがスタート。
これより毎年春と秋二回のジアンジアン公演が定着。
80席の小さな空間に200人もの観客がギュウ詰めの人気に。
もう今は無いから時効で許されよう。
1984年 紀伊國屋ホールで、「イッセー尾形の都市生活カタログ」上演。
新宿の紀伊國屋の前に早朝よりチケットを買う列ができた。
1985年 昭和59年度文化庁芸術選奨文部大臣新人賞 大衆芸術部門 受賞。
受賞した本人はその重さには気付かないほど若かった。
1990年 「都市生活カタログ」で、ゴールデンアロー賞演劇芸術賞 受賞。
この賞の大きさにも、またまた気付かなかった。
1992年 桃井かおりさん、小松政夫さんとのそれぞれの二人芝居を、ゲストを公開しないで公演。
地方公演スタート。これより毎年地方都市を巡る旅公演は年間100ステージを越える。
1993年 海外公演スタート、NYマンハッタンのジャパンソサエティに招かれニューヨーク公演。
劇場の外でたばこを吸ってるイッセーに「チケット買うか?」とダフ屋が声掛けて来た。英語で「本人です」と言えずに、逃げて楽屋に飛び込んだ。
1994年 ベルリン、日独文化センターで公演。
日本祭りの日で、近所のドイツ人で満席。主婦が「うちの亭主も今あんななのよ」と着替中におしゃべり。
後で翻訳してもらうと「何を色気づいたんだか、あんな風にポマード付けちゃってさ。枕が臭くてしょうがないわよ」…で大爆笑を取っていた。
1995年 ミュンヘン、テアトルエンテで公演。政治・音楽・ダンス・演劇など、その週・月の全てのパフォーマンスの中からもっとも優れたものを南ドイツマスコミが選ぶ、「週の星」、「月のバラ」の2つを同時に獲得。(ヨーロッパ以外の外国人として初めて)
紀伊國屋新人賞 受賞。
1996年 アメリカ6都市、ロサンゼルス・シカゴ・シャーロット・ボストン・ワシントンDC・ニューヨークで公演。
連日乗り打ちの翌日移動だったが、それぞれの街の強い個性に打たれ、元気ハツラツのツアーだった。
1997年 ドイツ6都市、ミュンスター・フランクフルト・シュツツガルト・カールスーエ・レックリンハウゼン・ミュンヘンで公演。ドイツの街の奥行きと文化への態度を知った。
ロンドン・ハマースミス リリックシアター・ダブリンで公演。
どんなに寒くても、雨でも雪でも深夜でも、劇場に沢山の人。老人達も集まるのに驚く。
1998年 ロンドン、ショウビジネスの中心ウエストエンドの「リリックシアター」で3週間ロングラン公演。
後半に向かうに従って満席になっていくのを、興行のダイナミズムを知った。
1999年 5月
台湾のエドワード・ヤン監督の映画『夏の思い出』(A ONE AND A TWO)に出演。撮影現場で大切にされることに感動。
ミュンヘン、カマールシピーレ劇場で公演。5ステージ‐600席を満席にする。大人気。口笛、大拍手喝采。
2000年 桃井かおりさんとの二人芝居を10年ぶりに再開。
犯罪にまつわる4つのスケッチを創作、発表。
2001年 ロンドン プレイハウス劇場、ドイツ ミュンヘンの州立レジデンツ劇場で二人芝居「犯罪編」を公演。
2003年

9月
市川準監督作品 映画「トニー滝谷」(村上春樹 小説「トニー滝谷」より)に主演。
(2004年スイス・ロカルノ映画祭で審査員特別賞を受賞)

大晦日
NHK 衛星2チャンネル生中継 大晦日カウントダウンシアターを、メレット・ベッカーとアルスヴィタリスを招聘してイッセー尾形・らで制作。

2004年

6月
スペイン・バルセロナアートフェスティバル「ル・パルマ劇場」からの招聘を受ける。
伝統のル・パルマ劇場の美しさと、現地スタッフの若者とイッセー・ら達が仲良しに。

8月
桃井かおりさんの初の一人芝居をプロデュース。
桃井かおりさんとの四度目の二人芝居。心中に関するスケッチを創作、発表。

11月
東京・足立区のTheatre 1010 で「イッセー尾形・夏目漱石を読む!書く!創る!」に挑戦。

12月
インターネット配信にて「カウントダウンライブ」生中継を制作。

2005年

1月
映画「トニー滝谷」全国順次公開。

2月
ロシアのソクーロフ監督の映画「太陽」に主演。ベルリン映画祭にノミネートされる。

3月
ドイツ・ベルリンのシャウビューネ劇場、ミュンヘンの州立レジデンツ劇場に招聘公演。

5月
大阪ブラバ劇場で桃井かおりさんとの二人芝居「愛の話」公演。
それぞれの一人芝居も連続上演。

6月〜
公共ホール演劇製作ネットワーク事業「イッセー尾形のつくり方」と題し、全国8箇所の公共ホールと提携。
演出家・森田雄三、イッセーと一般の参加者たちが4日間のワークショップで芝居をつくり、「イッセー尾形とフツーの人々」として発表公演する試みを行った。
8種類の全く違った作品を完成。参加者はのべ1100人。
マスコミの評価が高かった。

7月
小松政夫さんの一人芝居をプロデュース。

10月
小松政夫さんとの二人芝居を上演。

2006年

2月
東京・足立区のTheatre1010でドイツから17Hippiesが参加して2005年に続き「太宰治を読む!書く!創る!」を公演。

4月
第14回 スポニチ文化芸術大賞グランプリ 受賞。

5月
ドイツからMax Raabe & Palastorchester を招聘して、東京と兵庫で彼らの初の日本公演を実現。

8月
映画「太陽」が日本公開され、立ち見が続き、上映館が当初3館から全国190館に。
イッセーの演技が国内外の文化人の間で大評判になる。

一年を通して「イッセー尾形のつくり方」ワークショップ」と一人芝居公演で引き続き全国各地を飛び回っている。
ワークショップの参加者はのべ2000人を突破。

12月
エストニアより「真冬の夜の演劇祭」にメインゲストとして招待され公演する。
日頃、名作のみを上演するプログラムの中で劇場側は大冒険。大評判に胸をなでおろす。

2007年

1月
エストニアよりそのまま元旦にドイツ/ベルリン入りし歴史あるゴーリキー劇場にて公演。

1月〜
共同通信社配信で、全国各地の新聞でエッセーとイラストを連載。

主な著作

『イッセー尾形の都市生活カタログ』(早川書房、1991年)
『お察しください』(ネスコ、文藝春秋、1993年)
『本人の希望』(イッセー尾形・森田雄三、早川書房、1994年)
『イッセー尾形の遊泳生活』(角川書店、1995年)
『イッセー尾形のよその国
―I’m JAPONICUS,am I?』
(イッセー尾形・ニキ美和、二玄社、1995年)
『イッセー尾形 タンスの中身』
(森田雄三北國新聞社、、1995年)
『イッセー尾形 裏と云われて怒るなかれ』
(森田雄三、北國新聞社、1997年)
『ナマ本』巻壱〜巻四(小学館、1997年〜1999年)
ネタ本を装う書き下ろしエッセイ。

『空の穴』(徳間書店、1999年)
『いつか、スパゲティ』(新潮社、1999年)
『とりあえずの愛』(朝日新聞社、2001年)
初の本格恋愛小説。
『月の砂』(徳間書店、2001年)
『空の穴』(文春文庫、2002年)
『正解ご無用』(中央公論新社、2003年)
エッセー集。
『消える男』(文藝春秋、2006年) 消える男
『イッセー尾形の人生コーチング』
(森田雄三・監修、朝山実・著、日経BP、2006年)
森田雄三のワークショップの記録。
『間の取れる人、間抜けな人』(森田雄三・著、祥伝社、2007年)

DVD本

『イッセー尾形とステキな先生たち「毎日がライブ」』(教育出版、2007年)
DVDとその台本が一緒になった、新しい形態のものです。呼び方がまだ決まっていませんが、それでも出してしまうイッセー・らです。
イッセー尾形とステキな先生たち「毎日がライブ」

映像作品

イッセー尾形「The Best of Best Collection」
 1989〜1993 DVD BOX 1&2(2004年)
 1994〜1998 DVD BOX 1&2(2003年)
(各6枚組、ポニーキャニオン)
イッセー尾形ベストコレクション2003「大家族 大晦日編」
DVD、ビデオ(2004年3月)
(ポニーキャニオン)
イッセー尾形ベストコレクション2005
コンプリートDVD BOX(2006年3月)
(ポニーキャニオン)
二人芝居 桃井かおり編
1犯罪編(DVD)
2愛のご恩編(DVD)
3愛・そのもの編(DVD)
(イッセー尾形・ら)
二人芝居 小松政夫編
2005年版(DVD)
2006年版(DVD)
(イッセー尾形・ら)
イッセー尾形「寄席山藤亭」
DVD(2006年)
(イッセー尾形・ら)
寄席山藤亭
イッセー尾形「読む!書く!創る!ダザイオサム」
DVD(2006年)
(イッセー尾形・ら)
読む!書く!創る!ダザイオサム
「小松政夫×イッセー尾形のびーめん生活」
DVD(2007年)
(イッセー尾形・ら)
小松政夫×イッセー尾形のびーめん生活