ごぼう抜きに出続ける作品達

歩く。何気ないあたりまえの行為だ。しかし、他人の歩き方を真似てみると、不思議な違和感に見舞われる。

演出家森田が、全員に稽古場を歩いてもらうと、特長的な歩き方の人を数人引っこ抜く。彼らにはもう一度歩いてもらい、他の者にはその歩き方を真似てもらう。そっくりな参加者もいれば、全く出来ない人もいる。

この稽古の目的は、他人になる事だ。体のバランスや角度、足の運び方が変える事は、なんともいえない不自然な感覚だ。自分のはずなのに、いつもの自分ではない。これを実感し、受け入れさえすれば、舞台で他人を演じる時、その人を操っても恥ずかしくない。その人物は自分ではなく、自分が作り上げた偶像だから。また、その偶像の身のこなしを変えることにより、演じようとしている人物が考えそうな事や言いそうな事、そして取りそうな行動が想像しやすくなる。

姿勢は感情や思想のたまものではあるが、その逆も然り。特定の体勢を取れば、その体勢を生む感情や動機がおもしろいように分かって来る。

歩きの練習が終わった後、参加者は職場等での色々な場面を起点に、新しい設定や進展を加え、次から次へと作品を創り続ける。スチュワーデス面接予備校。バイト代値上げ交渉。技術屋のくどき文句。不動産屋の養子縁組。コンピューターの花子さん。叫ぶセルフとデスカルテスの闘争。お前、案外とボインだね。使い捨て売り子。CD磨き屋の純情。言葉のリハビリ。濃い占い。続きを見たくなる作品ばかりだ。

没ネタも多い。しかし、没になった始めて分かる事も多い。ここまでレベルが上がると、客席から見れば採用不採用の理由がはっきり分かる。そのポイントを見分けられると、次の段階へ上れる扉が開く。

今までの作品と合わせると、確実に上演が決定している作品は既に十を越えている。

イッセーは絶えず稽古を見守っている。前回と同様、参加出来そうな場面を探っているようだ。しかし、今回は一人芝居として成立する作品が多い。何処あたりに入れば一番際立つのか、未だ決めていないようだ。

明日は最後の稽古日。全員が衣装を持ち込むよう言い渡される。当然着て来るのもかまわないのだ。全体のテーマは「仕事・会社」なので、男性は背広が望ましい。普段私腹で働くものも、何時もとは違う余所行きを着ると気持が引き締まる。

予想通りに行けば、明日は流れが整い、あさっては微調整になる。

歩く三人
歩き方は意外と個性的だ

角から見守る本人
心身は一体。姿勢が変わると、思考も変えられる

模範とコピー
別人の癖や特長を再現するのは面白い

眼鏡の若い男性
芝居は観察から始まる

鉢巻きと女性
新人照明スタッフを指導する先輩。関係が生まれなかったのでボツ

叫ぶセルフの像
哲学にまつわる言い争い。リアリティがなくボツ

理解の誕生
理解は時に他人が自分と同じ失敗をする時生まれる

お礼のデート
仕事場での活躍に対する例をしたく、部下を食事にさそう上司。コミュニケーションが取れないリアルさが面白い。

言語リハビリ
言語障害者のリハビリに取り組むテラピスト。信念と迫力には脱帽。

占って
恋に悩む女性が占い師を尋ねる。姿勢を変えた瞬間空気が整った。

見守るイッセー
全体を観察し、出番を図るイッセー

森田雄三名言集:其の一

「庶民が庶民に戻るのが進化と言う。庶民が貴族になるのが文化と言う。」

「いじめはいじめる方じゃなく、いじめられている方を見る。という事は、相手を立てている事だ。イコール、親切な行為だ。」