マニュアルはもう要らない
神奈川ワークショップの締めくくり。演出家森田の昨日の発表どおり、午前中はまだ出番のない参加者や、ネタの微調整をしたいチームのための時間だ。千秋楽まで出演のチャンスを創り続けるのは参加者にとって喜ばしいが、演出家にはその分想像力と構成力が要求される。組み合わせ、バランス及び全体の進め方を絶えず調整する必要がある。
今日も、組み合わせが変わり、演者も三名増えた。仲居さんの後ろには、先日姿を消したそば屋さんが黙々と厨房作業をこなしている。スチュワーデスが出るシーンには、バスガイドが加わり、ウグイス嬢の声も鳴り響く。また、新ネタ「パソコン屋の事務通達」と、「夢追い風俗嬢」が加わった。
「風俗嬢」は当初、没となったが、発起人の固い決心によって起死回生を遂げた作品だ。もともとは、OLが週末や休日の時だけ土木服をまとい、現場でその訳を後輩に語る設定だ。特に不自由はないが、漫画家になる夢もあり、このままでは駄目だと思ったから兼業を始めた。
演技をみた森田はしばらく考えてから話し出した。「土木関係者の経験が浅過ぎる。始めたばかりの感じだ。もう一度やってもらうが、今度彼女が体にバスタオルだけを巻いているとか、水着姿を想像して話を聞いてみな。本当に脱げとは言わないけれども、想像すればよく分かるから。今はそういう事は珍しくない時代だから。風俗嬢という設定ならおかしくはないし、観客も直ぐ分かる。話には気持もこもっている。でもそういう事だ。この作品は出せない。」確かに森田のいうとおり、頭の中で設定を変えると作品に深みが生まれる。本来なら話はそこで終わる筈だった。
所が、発起人は演出助手のヨリちゃんに相談を持ち掛けた。「設定と衣装を変えたら本当に出してもらえるでしょうか、、、」
「それは分からない。そもそも今からだと衣装が間に合うのか」と、ヨリちゃんも困る。参加者は「今買ってきます」と言い、早速どこかからそれらしい黒いキャミソールのような衣装を調達して来た。
キャミソール姿の演者は堂々と舞台に上り、語り始める。言葉にも身のこなしにも前よりも自然さを感じる。夢を追う風俗嬢の物語作品は採用される。
音楽にも変更がある。昨日の自己紹介で、参加者の中にオペラ歌手がいる事が判明した。森田は、都会の雑踏やざわめきの中にその声を加えてみたいと言う。試してみると効果抜群なので採用が決定される。音楽家はもう一人加わると、三人編成の音楽隊が出来あがる。
最後の演目は、結婚式の指揮者と葬儀屋の定形語バトル。交互に共通用語の「入場」「花」「思い出の写真」等を巧みに使い、私たちはいかにマニュアルに囲まれた生活をおくっているかを見事に暴く作品だ。
参加者達や他のスタッフの投稿をも期待して、ここではあと一演目だけに触れることにする。「あたし、辞めたいの」という作品だ。ある女性が会社の上司に自分の現状を語りはじめる。気が滅入って、幻聴まで聞こえているようだ。同僚には迷惑をかけたくないし、定年も近いので辞めたい事をほのめかすが、最終的には話す事によって気分が良くなり、仕事を続ける決心をする。おそらく同じような事を何度も繰り返している人物だろう。流れも良く、詳細に至るまで本当にその人物が目の前にいるようだ。聴いていて飽きない、とても面白い作品だ。
公演が無事に終わると森田は参加者たちを集め、感想や助言を言う。一旦解散した後、打ち上げ会場で合流する予定だったが、イッセーの夕方公演を見たい参加者が多い。チケットはもう売り切れているので、オフィスのスタッフか「舞台脇から見させたらどうか」と提案する。結果的に、参加者は舞台袖だけではなく、花道までもあふれだし、特等席から公演を観る事になった。
70席以上の打ち上げ会場は芋洗い状態だ。森田のテーブル回りは順番待ち状態だ。個人的な駄目だしをしてもらうには、森田のテーブルを囲う四人のゲストの職業をあてなければいけない。当たった数だけの質問が許される。全員が演劇とは関係のない職業なので観察力がポイントとなるが、正解者は少ない。
「加藤、一寸歯がかけている所を見せてよ」と、森田が笑いながらいう。「いや、特に職業とは直接関係ある訳ではないよ。でもあの髪の毛を観ろ。これなのにワイシャツを着ている。よく見て。さあ、考えて。チャンスは四回あるからね。因に、この中の一人は当てられないように変装しようとしている。さあ、その人はだれでしょう、、、」
時が立つのははやい。十時過ぎに森田は全員をもう一度集めて言う。「さあ、これで解散だ。お互いにもう二度と顔を合わせる事がないと思う。少なくてもぼくの場合、今迄に二度も医者に3ヶ月の命だと宣言された事があるし、それを経験すると、そんな風に考えるようになるのよ。今週はずうっと一緒だったけれども、ここで別れるとそれが最後だと。でも折角皆が互いに知り合った訳だから、とにかくネットワークを大事にした方がいい、、、」
心がこもった「インチキ」明言は暫く続くが、最終的には本当に解散の時間だ。
森田の言っていた「ネットワーク」はすでに形をあらわし、広がる前兆もみせている。現に、今日もつくばワークショップの参加者が神奈川公演を観に来ている。今回の企画ではあと6回のワークショップが予定されているが、参加者がこんなに何時間もかけて観に来るほど興味を持ち続けてくれると分かれば、私達も機会さえあればその後も続ける意欲が湧いてくる。「次回の神奈川ワークショップはいつになるだろう、何人同じ顔がみえるだろう」と、色々な想いを浮かべながら帰路に入る。

社長の職場恋人に挑戦。人物がはっきりせずボツ。

休日鳶職。可能性をひめながらもリアリティがうすいのでボツ

生存すら危うくなっているクラブを尋ねるイッセーおっさん。これでは決して繁盛はしない

臨場感ある旅館の舞台裏。先日くびになったそば屋の青年も転職をはたしている

昨日のお総菜屋は今日も忘れっぽい。裏で地図を見ているのはイッセー爺さん

マニュアル娘達とイッセー爺さんたち。スチュワーデス、バスガイドとウグイス嬢に囲まれて

皆のイチゴにどっぷりと漬かった売り子さん。自生活もイチゴライフだ。

ゴミみ箱の説明だけが仕事の清掃員さん。余りもの単調さを見たイッセー爺さんたちも驚いて逃げる。

火の鳥のように姿を変えて蘇った鳶嬢。勇気を見せて見事に舞台に立つ