参加者投稿
森田雄三様 イッセー尾形・らの皆様 神奈川演劇ワークショップ関係者のみなさまへ
イッセー尾形のつくり方・神奈川編、お疲れさまでした。
はしっこで見学していただけの私ですが、ワークショップの後、発熱のために京都に帰れず三日間寝込んでしまいました。舞台に上がった人、直前に芝居がカットされてボー然としていた人、サスケのように動いていたスタッフの方々、あんなに大勢を相手にしていた雄三さん、皆さんきっとお疲れのはずなのに、見学者の自分がいっちょまえに倒れるなんて・・平熱に戻った今、あれは夏風邪じゃなくて、一種の知恵熱だったんではないかと思っています。
参加初日(ワークショップでは二日目)、私の目に入ってきたのはストレッチしている人や首にタオルを巻いている人、ぶりっこ風の?過剰なセリフ回しの人、積極的に前に出る人たちと、体育座りでそれを静かに見ている人たちでした。
始まって間もないのに、もう、「一軍候補」みたいな、本番の舞台にはこの人が出るんじゃないか、という人たちが台頭していました。こういうところに応募・参加しているのは、何かしらそれぞれの動機や覚悟があるんだろうけれど、でもそれでも引っ込み思案の人は、演技経験者とか自己アピールの出来る人に圧倒されている、という感じに見えました。
次の日、森田さんの提案で「仕事経験、バイト経歴」をそれぞれが語り出すと、前日の空気が一変しました。昨日まで目立っていた人も、そうでない人も、口をついて出るのは、身近な、あるいはめずらしい職種のあれこれ。
「あの人、たしかにファミレスにいる顔、声だよな」とか、「あんな佇まいの人、郵便局にいたなぁ」とか、「え、こういう人が銀座のホステスさんなの」など、身を乗り出して発言者の顔を覗き込んじゃったりして。昨日まで「いかにも役者さん」風に見えていた人、目立たずに静かに座っていた人、誰もが、日常で既視感のある顔に変わったのでした。
それは例えば「僕、一時期ドムドムにいまして、その後別のファーストフードに・・」という発言をした人について、その人の住む地域が、駅がどんな規模で、周辺にどんな木があって、とか想像できてしまうというような。知らない人なのに、「知ってる」人だと感じる。今まで通りすがりに見過ごしてきた、見ていなかった人たちを、今、目の前にいる人を通してその時ようやく思い出すというか。芝居の立ち上がりを予感した初めの瞬間が、その時でした。見学している私が、芝居を観るという行為も受身ではないと感じたのも、見学だけして恥をかかずに後ろ側にいる私ってどうなのよ、と後ろめたく思っていた気分が反転したのもその時なのでした。
翌日から、職場での具体的なシーンが生まれていきました。「さ、やらないと、もう明日から舞台稽古だから、何もできずに終わっちゃうよ」という森田さんの声。「告白しないとこのまま一生お別れよ、勇気を出していきなよ」などと脅す卒業式の同級生のようで、見ている私も焦ってしまう。それでも、挙手して前に出て行くのは、あるいは相手役にとスカウトされるのは、やっぱり決まった顔ぶれ。個性的、上手い、挙手してダメ出しにも負けない勇者たちをまぶしく見つめながら、それでも私の目は体育座りのまま彼らをただ見つめている人を追っていました。休憩時間、その中の人に声をかけたのは、私なりの、「勇気を出して告白」でした。「私、あなたが前に出るのを見たいです。あなたの職場シーンが見たいです」と。
その人は、おろおろと話す声が、ちょっと震えていて、どことなく誰かを思い出させる、年齢不詳の華奢な女性でした。彼女は私の言葉をどう受け取ったのか、「私なんて」とか、「他のみなさん素晴らしいから」とか、「これまでにもいいことなんて全然なくて、どこへ行っても使いものにならなくて」とか「もう、私の人生、どん底のような・・」などと、謙虚を通り越して、不幸大会のような。それも深刻な感じで笑えず・・私はなにか泥水に足をとられたような、不思議な肌触りを感じました。
帰っていく彼女は俯きがちで、「じゃ、また明日」と挨拶をして別れたはずが、信号のところでいつまでも一緒になってしまって、しまいには気まずささえ生まれて。とぼとぼ、と歩く彼女の後ろ姿を、私は歩調を緩めながら見送っていたのでした。
翌日。遅れて行った私が目にしたのは、舞台の上でスポットライトを浴びている彼女でした。どうやら森田さんのオッケーをもらって出演が決まった人の通し稽古らしく、あの女性は、もごもごと、例の調子で、自分の越し方行く末についてを喋っていました。休憩時間中に私が彼女から聞いた話と、たぶんニュアンスはさほど変わっていないはずなのに、舞台の上の彼女は、「不幸」とか、「哀愁」とかそういうひと括りでは収まらない、「おかしみ」を発散していました。声を大きく出す事と、舞台の上でさらけ出すという事は、こんなにも豊かな発見があるのか、と飛び上がりそうになりました。
個人同士で悩み相談するより、海の中にどぼん、と飛び込んだ方が悩みというのは形を変えるものなんですね。
彼女だけではなく、今まで前に出て何かをやっていなかった人達が、舞台に出ていた。制服という衣装を持参して、舞台を歩いていた。逆に目立っていたのに役を外された人が、別なものを作って挑戦していた。その姿に、とっても喉が渇きました。感動しました。
私は、何年か前にイッセー尾形・ら主催のワークショップに参加して小説を書くようになって、森田さんとのやり取りで自分の書いた物が劇的に変化して面白いもの、思いがけないものなのに自分の心当たりに行き着くという、信じられない経験を、この数年間でしています。
去年はそうして出来た作品が二冊、商業出版されて、書店でサインをしたり、インタビューも受けたのでした。顔にはあまり出ないのですが、かつてイッセーさんのチケットをとれずにローソンでショックを受けていた自分と、イッセー尾形・らと一緒に何かを作る体験をしている現状のギャップに、それこそアラブの石油王と結婚したくらいの驚きがあります。うちの母などは、もう、イッセーさんや森田さんを、「昔からの知り合い」のように口にしています。
「人生、変わっただろう?」と森田さんに聞かれて頷いたこともあるし、「作家になっても、人生、かわんねーだろ」と言われて頷いたこともあります。
というのも私は、本を二冊出してから、葬儀屋さんでアルバイトを初めたし、本業の雑貨デザインの仕事も引き続きやっています。
スーパーマンっていうのは、昼間はサラリーマンで、夜はヒーローに変身するし、藤子不二雄の『パーマン』とか『タイガーマスク』も、素顔の時はもう一方の顔を隠すじゃないですか。で、そういうイメージを自分で拵えていたと思うんですけど、私も、「ひと回り以上若い人たちに混じって働いてはいますけど実は作家なんですよぉ・・」とマスクを取っていつか驚かせてやるわ、などと思っていたんですが、それが大きな勘違いだとすぐに気付きまして。バイト先では、作家より、百円ショップの雑貨を作っている方が価値があるらしいんですよね。ビンゴ大会ではいつも、私の商品が重宝されてますし。
アルバイトの日々って、それはそれで、自分の日常の中で結構な比重を占めていたりするものなんですね。つらいけど普通に楽しいし、やめたいけど、でも、結構普通。「とりあえず」とか言いながら、結構長い事続いてしまっていたりして。
小説を書く生活のためにバイトをするんではなくて、小説を書こうとするから、バイト生活が豊かに見えてくる、という逆説なのか。
今回のワークショップが「お仕事編」だったのは、森田さんの皮膚感覚というか、生でその場の人たちの反応を受けた演出でしたが、舞台初日の後の自己紹介で、一人一人が口にした、「日常と、芝居への思い」だとか、「現実と、でも何かしたいという思い」という切実な、叫びのようなものを感じて、まさに本当にどんぴしゃのテーマだったんだ、と感じました。
夢があって、でも日常があって、現実は厳しくて。というのはこれまで何かを目指す人たちのサクセスストーリーや挫折物語の定石でした。でも、イッセー尾形に惹かれたからには、別の方法があると気付かずにはいられない。外車に乗ってブランデー飲んで、虎の毛皮の絨毯敷いて、という「成功」のうそ臭さを知っている私たちは、みっともなく、つらくてさえない日常にこそ、創作や豊かな種がある、と。トランプの表裏みたいにそれは別物じゃないんだと。創作方法が「こたつでみかん」なのだと、森田さんの言葉にありましたが、まさにまさに、です。
最後まで舞台に上がる勇気はなかったですが、でも、出演者の方のぱっと晴れやかな表情と汗をみていると、羨ましかったです。こんど書く小説で、今回見たことがきっと生きると思います。
身体文学生・尾崎/里川りょう
追伸
参加者の中に、インターネットのブログ(個人日記)に感想を載せている人がいるのを見つけました。また、最終日まで参加した人から聞いて、晴れやかな顔の参加者の中に、ちょっと寂しそうな顔の人がいたことを知りました。
「結局舞台に立てなかった人」「いいところまで行ったのに、ボツにされた人」「舞台の上で思うような成果が出せなかった人」などなど・・・
仕事を休んで工面したであろう貴重な一週間。「結果」によっては温泉浴の後のほっこり気分の人もいれば、食べに行った店が定休日だったような、消化不良の気分の人もいるんじゃないかと。それはこれまで小説部門のワークショップに出ていても同じようなことがあったから思うのですが。 森田さんが「あんたダメだよ。もうやらなくていい」と言ったとします。
そうしたら次の日から来ない人が結構います。当然、ショックだし、そんな言い方されたって、と反発を覚えるは普通の反応です。けれど、森田さんはその人を全否定したのではなく、「そのやり方はイッセー・らの創作とは違う」と言っているだけだと、何年も関っていると気付くのです。
私は最初の頃、小説を書いて送ったものを、自分ではノリノリで気分よく書いたものだったのに、「あんたもう書かなくていいよ。全然だめ」と電話でばっさり言われて頭が真っ白になったことがありました。でも、数日後にもう一度、森田さんに言われたことを思い出して書いて送ったのでした。
「これ、全然だめ。もうやらない方がいい」と言われたことは、その後何度も何度もあります。でも、ダメなポイントが分かると、案外最初から上手く行くより、その後の変化がダイナミックだったりします。
いいこと、とか完璧な正解を森田さんが全部知っているのではなく、一緒に作り出して発見していくような気がしますが、ダメなもの、「違うな、それ」というのは、誰もが陥りがちな、別にたいした事ではなかったりする、というか。
自分がどう評価されるか、を指標にすると、「嬉しい」と「残念」しかないように思うのですが、一度自分を放り出してみるというか。他人を自分ごとのように思うことは難しくても、自分のことを他人を見る目で見ることができれば、結構愉快ではないかな、と。
というわけで、二日間の舞台ではなく、あの一週間の変遷の過程こそが本当のイッセー体験だったんだわ、という気持ちと、私も滋賀の栗東でのワークショップでは、舞台に出てみたいわ、などという野望が共存している現在であります。
もし落ち込んだり、誰とも打ち解けられなかったとふさぐ様な人がもしおられたら、元気を出してください。その「嫌な気分」、「しそこなった何か」こそが、イッセーさんの芝居世界の源ととても近いものだと私は信じています。