お盆の一息
今日は暑く気怠い。宮崎のこの気候は好きだ。気温そのものは東京都はさほど変わらないが、町を歩いても急ぎ足で歩く人の姿もなく、忙しさを感じない。思考が遅くなり、水浴びや冷えた西瓜の事だけが頭に浮かぶ。浴衣か薄地の作務衣でも着て、海沿いか川辺に座り、足だけを水に入れて、通りすがりの魚をからかいたくなるような、時間が遅滞するそんな真夏日だ。ここ数年忘れかけていた「夏だ」という感覚がよみがえる。
通し稽古も思ったより時間がかかる。本番前の最後の稽古だ。演出家の森田は焦らずに、時間をかけて指導を続ける。
ひょんな事から、今回は私も何年かぶりに舞台に上る事になった。「ここに外人が二人もいる。使いたいなら声かけてね。」と、森田が稽古の時言うと早速声がかかり、自分がポーランド人の留学生カールに変身させられた。少し照れるがうれしい。
お喋りなお姉さん、叔母さんや近所の人が入れ代わり立ち代わり泊まっている家族の所を尋ね、好奇心をあらわにする。当然日本語が覚束無いし、知らない人の出入りが激しくなると神経をすり減らしているはずだ。カールがわかる単語だけに反応する事にすると、心地よくぎこちない空気が生まれた。最初はこれに対する反応が見つからず、一時はボツになるかと思った。しかし最終的には、少し落ち込みがちなカールをポーランドとお盆の話で引き出そうとする、好奇心と好意に満ちた、人のよさそうなお喋りお姉さん役が見付かり、この作品も演目に加わった。
稽古の途中も、新作が決まる。全体の流れがしっかりして来ているので、冒険をする余裕も出来ている。変更や追加がある度に、構成表と照明の変更も必要だ。その度、今尾君とふとし君が調整を行う。稽古が終わったのは開演の数十分前だ。
客入れ後、本番が始まる。照明が消えた後も喋り続ける者、ハケずに暫く舞台に残る者、稽古の時よりもかなりながい芝居をする者はいるが、初めて見るつもりでいると、それも真夏のゆったりした気怠さのように思える。舞台上の演者は間違いなく緊張しているだろうが、観客にはそううつらないのは不思議だ。森田が昨日別れ際に言った「明日は本番だ。しかし本番も稽古だと思え」という言葉が効いているかもしれない。
本番も稽古だ。イッセーさんの芝居も初日から最終日まで内容が少しづつ変化してくる。明日はまた今日とは違う芝居になりそうだ。

勇気を振り絞って、憧れのお姉さんに声をかける。上手く言葉にできない、可愛いくも果敢無い恋の告白

イッセー叔父さん、演目表とにらめっこ。出順はこれからも調整する

ずうっと出番を狙っていた中学生チーム。作り過ぎず、夏の晩の一時を描写して採用

未だ独身かどうかに興味を示すバツイチ女性。男性は東京で成功するつもりだ

宮崎のナイトクラブに働きに来たヒトミちゃんイッセー。クラブの大先輩のさかな姉さんと若いメダカちゃんに愛嬌を振りまく

ちょっと欝なポーランド人留学生カールを引き出そうとする人の良いお喋りお姉さん。持つ知識をすべてさらけ出す

仙作叔父さんには家族が知らなかった秘密がある。「俺、子供がおるんや。今年で三歳。」家族が戸惑うが、仙作叔父さんは話続ける。「もう一つ言わんかった事がある。もう一人出来た、、、」

「奥さん、、、あ、シングル?ごめん、そうだったね。大丈夫、すぐダブルに慣れるよ。ここの商店街のお地蔵さんは恋の神様。あたしも死んだ旦那と一緒になれたんだ、、、」

イッセーさんからの駄目出し。経験者の言葉は勇気づけにもなる
7月6日(土)本番
・リハーサル前
本番に出たい人、不安のある人が舞台横で夜、考えたであろう芝居を見てもらうため順番待ちをしている。宮崎の風がようやく回りはじめている。
「笑い方は同じじゃない」大家族に駄目だし。「お母さん。叔母さんがあれだけ言ってくれてるのだから。普通やさしくて言わない人が思いがけない声だして何か言うだろうよ。笑い方ひとつとってもひとりひとり違うのだ。思い出せ。自分の回りを見てみろ。そうだろう」と森田さんの言外の言葉が聞えてくる。
はじめてやってみてOKをもらった人が、えっと言った表情をしている。とにかく試してみようと決心して来たのに違いない。まさかOKが出るとまで思ってはいなかったのだろう。切羽つまった火事場のバカ力が出るか出ないかなのだ。
・リハーサル
新しい作品が入り、リハーサルでつなげていく。出る、はけるをはじめてやるのだから混乱の続出。
「そこ音楽入って」「次の人も舞台に乗せといて」「あかりの中に入るの」「これは前でやって」
森田さんのダメ出しがその場で入ってくる。
「本番も稽古だからね。その場でつくってね」「ダメだったらすぐ明かり消してあげるからね。」
リハーサルが終わって、森田さんが大口開けて笑った。本番まで一時間を切っていた。
参加者全員緊張のさ中にある。
本番がはじまり袖で見ていると、稽古の時より台詞が増えていたり、変えたりしている。
皆必死で工夫してきたのだ。うまくいってるのかいってないのかわからないのだけれど稽古の時より確実に力づよい。失敗を恐れないでやってみることが大事なのだ。
「うまいとか下手とかはどうでもいいの」
「やってみなけりゃわからないじゃない」
「恥かきゃいいじゃないの」
森田さんの言っていた言葉がよみがえってくる。
舞台では終わりに近づいて祭りが終わって他愛のないけんかがはじまっている。ゆかたを着た見物の人たちが空を見上げた。けんかのひとりが「雪やっちゃ」「夏なのに」
照明が落ちていく。
本番が終わったあと、舞台上では明日の本番に向けて森田さんのダメ出しがはじまっていた。
「皆、稽古の時よりとてもよかったのがわかるね。明日は大きな流れを考えてほしいの。今回はとてもむずかしいことをやったのね。つくば、神奈川は一つのテーマだったの。この宮崎では、前半宮崎独特の感じを生かして、ゆっくりたっぷりしたテンポでお化けが出て来たり、死んだ人が出てくる部分と東京へ行った人の話とかの後半部分ね。この二つをやったの。
だから明日はとうしたら東京の方はスピードが出るかなあと。ポンと切り変えて、テンポを上げるとか。明日はみんなのためにやることを考えて芝居してほしいの。普通はよくするためにここをここを詰めていくの。ダメなところを切っていけばいいんだけれど、沢山出る方はいいと思っていますので。えー。まあ明日、新しくやりたい人は早目に来てやってみて下さい。増やす方向で見ますから。じゃお疲れさん。」
ここにきて新しく増える部分が出るらしい。当然順序も変わってくる。
さあ、明日は明日で舞台上で作るのだよと森田さんは言っているのだ。