夢想と記憶

新宮の最終日にオートフォーカスが突然聞かなくなったカメラを修理センターから受け取ってからホテルへ向かうと、丁度会場へ向う演出家の森田と会った。落ち着いた様子だ。新宮よりも稽古日が一日多いし、小倉でのワークショップは今回で三回目だ。着替えてから会場へ着くと、森田はすでにただ広い舞台の上で考えに耽っている。

小倉のワークショップは快調な滑り出しだ。参加者が円陣を組んで、頭に浮かぶ事を口に出すこと数分、言葉が少しずつ弾んで来る。「秘密」では在り来りだが、「葡萄糖」となると、面白みがある。この人はなぜ葡萄糖を選んだのか。葡萄糖と関係のある病気をした事があるかもしれないし、葡萄糖と関係のある仕事をした事があるかもしれない。いずれにせよ、発展させてみる価値があるので形容詞を付け始る。しかし、ここで突っかかる者が多い。やはり保守的なほうが安全だろうか、「甘い」などの当たり前な形容が多く、「輝く葡萄糖」や「憎い葡萄糖」のような変化球が少ない。

威張っている人を思い出し、真似てみると反応が良い。「それは大名家の皿だ。まあ、三十万とかいってもしようがないけれどもね。とにかく大名家の皿なのだ」などのような言葉を鮮明に覚えている参加者もいる。

「へりくだる人」もなかなか良く出来る人が多い。面白いのは、へりくだりながら威張っている人の存在だ。どうやら人によってはへりくだるのも威張るのも紙一重のようだ。

今までは威張る時の相手もへりくだる時の相手も隣の人だった。森田に「好きなタイプでも嫌いなタイプでもいいが、相手にしやすい人選ぶ事」というと、興味深い事に気付。隣の人以外の相手を選ぶのは十人に一人もいないのだ。タイプを他人に知られたくないのか、隣の人に失礼と感じるのか、ただ単に立ち上がって指名するのが恥ずかしいのか分からないが、面白い現象だ。

稽古はしばらく円陣のまま続くが、少し慣れた頃、参加者が舞台の客席側に集まり、その奥には四脚並べられる。当たった男女二人が円陣の時と同じような会話をし始めると、森田は女子に「あたし、赤ちゃんが出来たと言え」という。参加者は一瞬凍りつくが言われたとおりにする。本当に恥ずかしいので顔を髪の毛で隠す。なんとなくさまになるが、ここは本当は恥ずかしくない振りをする所だ。恥かしさを隠しさえすれば、観客がその緊張感を独自に解釈し、物語が広がるのだ。

森田が言う。「このような場面は皆夢想するものだ。しかし、現実には出くわす事が中々ないのだ。実際にそんな事が起きれば自分がどんな反応をするか試してみると良い。現実の生活では出来ないから。」

昼の部の参加者の一部は夜の部にも助っ人役で参加するが、「へりくだる人」まで行くと、夜の部も調子がでて軌道に乗る。初日なのにすごい所まで来ている。参加者たちに実在する人物をどんどんやってみると、なんでこんなにも早くここまで出来るかと驚かされる。

舞台上で展開する場面を見ると想像力が働く。役者が緊張のあまり思わず喋ってしまう言葉にもなにかの理由や根源があるので、台本を作る上ではその緊張こそが味方だ。喋り手と聞き手の解釈が違えど何か共通の空気が生まれて来る。

見ていて時間が経つのをわすれるが、やがて一日目の稽古が終わる。ホテルへ帰る時、イッセーが昼の部に残した言葉だ。

「教えてもらう為に来たと思うかもしれませんが、実際は皆自分で色々な事を発見する為に来たのだ。四日間稽古をするので、これからまだどんどん発展する。稽古の時、森田が演技を止めたりするのは、やっている事がつまらないからではなく、これからもっと先をやりたいからだ。恥をかいても1週間。僕の一人芝居でも他の演劇でも出来ない、小倉だけの作品が出せるだろう。」

小倉の参加者は感がよさそうだ。このまま進めば、すごい舞台が見られるかもしれない。

広い舞台と森田
会場に着くと、演出家の森田は一人で舞台の中央に座っている。期待に満ちた、何かが始まろうとしている静けさだ。

昼の部
昼の部の参加者は49人。小倉ワークショップは今回で3回目なので、見覚えのある顔も数名いる。新宮の参加者も来ているようだ。

観察するイッセー
今回の参加者も個性的でバラエティに富んでいそうだ。イラストを描くイッセーとただただ真剣に観察する企画発起人の今尾君。

マイクを握る森田
全ての反応は分かれ道。安全な方へすすむか冒険をするかによって発見も進行方向も違う。

緊張した表情
予想していなかった展開について行くのには苦労する。森田はその場での思い付きを活かすため、しょちゅう課題を変える。

インタビュー
テレビ局の取材は慣れないと緊張する。しかし、今回は取材する方が森田に駄目出しされ、取材される方よりも緊張しているようだ。いっそうの事、一緒にワークショップに参加すれば一番だ。

妄想
現実の生活で言ったり言われたりすると対応に困るような会話を自由に出来る経験は貴重だ。そんな場面を安心してシミュレーションが出来るのもワークショップの良さだ。