余所者

一度書いたものを、数週間後に書き直すのはこんなにも難しいとは思わなかった。

毎日が冒険の続きであるワークショップにはホームページが追いつけず、ノートや写真を整理しながら少しずつ書き加えていたが、栗東に入った時操作ミスで文も覚書も削除してしまったのだ。写真は別枠で無事だったものの、ワークショップに関する文章はインターネットに乗せてあった分をのぞいてすべて一瞬で蒸発したのをみて、絶望をすら感じてしまったのだ。

まさに、夏休みの観察日記等を開校式の三日前に書きなおそうとしている状態だ。全体像が鮮明に記憶にのこっていても、今となってはもはや詳細までは再現できない。記憶の隙間に消え去った貴重な破片も多いと思うので、優等生のクラスメート達がそのかけらを拾い、レポートや感想文の形で送ってくれる事を期待しよう。

小倉ワークショップの第四日目。11時開始予定の稽古は、舞台は照明の仕込み中なのでロビーにで始まる。

演出家の森田の中ではテーマが決まったようだ。

昨日の映画館等の群衆劇は意外なほど上手く行った。参加者達は自分で場面を仕切り、うまくチームワークを組んでいる。そこで、地元民にわかるような場所をいくつか組み込む事にすると同時に、外部者のイッセーを登場させる事にする。小倉は昔から豊かな港町で、大企業にも政府にも、そして町に流れ込んで来たやくざにもしっかりと見守られている。しかし、穏やかだでありながらも、そしてその穏やかさを保つためにも、ここの地元民はそんな外部者との一線をしっかりと引いているようだ。今回の芝居を通して、外から覗けど入り込めない中央の人を演じるのはイッセーだ。

ロビーでの作る人が倒れているシーンは上手く行きそうだ。町の音を入れる参加者達もだんだんと上手く調和が取れるようになって来ている。中には、よりリアルな効果を求めて、携帯電話の着信音を変えて使おうとする者もいるが、これは注意される。舞台は幻想の世界だ。口や体を使って発している効果音は例え気持ちよくてもにせ物だ。その中に本物が一つだけ混じると呪文が解け、インチキがばれてしい、全てが崩れてしまいかねない。

照明の準備が整い、稽古の続きは舞台上で行われる。しかし、参加者達のノリは今一つだ。何チームかが舞台に上がるものの、雰囲気が何故か昨日までとは違う。明日は本番なので、出たい者は今日中に自分たちの作品を見てもらい、必要に応じて組み替えたり作り替えたりする必要がある。なのに、中々人選までも行かない様子だ。森田が、出るならチャンスは今だと言っても、反応がにぶい。

今まではこんな事はなかった。何故か警戒されているのだろうか。それとも、今誰かを選んで舞台に出てしまえば、他の者が落とされるというような遠慮なのか。何処か、初日にも見られた「優先的に隣の人を選ぶ」事の延長線のような感触もある。これも土地柄だろうか。しかし、新宮から車で数十分でこんなにも違うのだろうか。

色々な想像が脳裏に浮かぶ。たしかにこの人数を一斉に舞台に上げるのは至難の技だ。ですので、今までも先ずは出たい人を見て、自信のない者は勇気が湧いてから付け加えて行く方法を取ったのだ。落とされる度に力が付き、何度落とされてもまたチャンスがある。その態勢を守りながら毎日本番直前まで稽古を見て、新作を指導して来たのが森田本人だ。しかし、今回はその事を信じてもらえそうにもなさそうだ。

森田も明らかに戸惑っている様子だ。しかし、しばらく考えた末に、この何ともいえない空気を変える方法を見付ける。

「わかった。では、参加者全員を舞台に出そう。まだ群衆シーン以外に出ていない人はこち側へ集まって。」

恐ろしい決心だ。今までは先に出たい人が居たからこそ、まだ自信のない者がひっぱり上げられ、結果的に殆どの人が舞台に上がって来ている。最初から「出す」と言われれば、「出られる」安心感と「出なければいけない」という圧力感がどう作用するかわからない。今回は積極的な組から見る訳ではない。こんな冒険は初めてだ。しかし、今はたしかにそんな事を心配している場合ではない。本番は明日なのに、自ら「出る」と名乗る者がいななければ始まらない。森田の選択は正しい。

「全員を出す」宣言には即効性がある。緊張がほぐれ、次から次へと作品が生まれて来る。動物園を見に来た女子三人組。稽古で磨いた威張りを披露する二人組み。巧みな大阪弁を振う女上司。別れ話のさい、今まで貸したお金を返して欲しいという女性。彼女に百円ショップでの買物上手を自慢する男性等など。群衆のシーンにも、満員電車が加わる。面白そうな材料がいっぱいそろっているなか、明日に対する心配も期待も同時に膨らむ。

ロビーでの稽古
照明が仕込まれるまでの間、稽古場はロビーへ移る。何故か道端に倒れている女性とその側で泣きじゃくる少女。本番の開幕となるシーンが立ち上がる。

夢と妊娠
仕事を辞め、画家になりたいという夢を語る夫。妊娠を告げる褄。面白く発展する可能性のある場面だ。

500万を貸した女
別れ話にあまり動揺していない様子の男。しかし、女が貸した金を帰して欲しいというと、急に優しくなる。貸した金額は500万円。

客席
このワークショップは、技術的な事よりも概念から入るのだ。上手くいかない時、基本的な考えを解く森田。

三角関係
公園のベンチでかみ合わない会話をする女性二人。何故かを探っている内、一人が泣き出す。どうやら三角関係が原因の様だ。そこへ当の男性が現れる。

初発見者
今朝のシーンを実際にやってみると、さすが迫力がある。この状態なら初発見者イッセーがやじ馬達に疑われるのも当たり前かもしれない。

イッセー
緊張感たっぷりの一日だった。作品もまだ完成していない。しかし、新宮に比べれば見通しがたっている。イッセーの言葉は落ち着いている。