何も起きない幸せ

早めに会場に着いた演出家の森田は早速出演希望組の芝居を見始める。開演時間まではあと六時間しかないのに落ち着いている様子だ。昨日の決まった演目は十作品だけなのに落ち着いている様子だ。流れが見えて来た。

何時もなら外で遊んでいる姉妹が給料日前の金欠病にかかって家で転がり、雑談をしている。母親が二人のお金の使い方に付いて小言をいいながら、「いるなら私にいえ。他所からかりるな。」娘達は母の言葉を聞き流しながら自分たちの会話を続け、途中から加わったお父さんは係わらないようにしながらも話題をふられた時だけ渋々と反応する。

野良猫のチョマと仲よしのお婆ちゃんは昨夜元の作品から引っ越したらしい。今朝は、97歳の曽お爺さんと孫達と住み、相変わらお腹がすいている時だけ来るチョマに餌をやっている。座敷で元炭鉱夫の曽お爺さんは食べたばかりなのに空腹を訴え、「ワシはもう死ぬ。すぐに死ぬ。でも食べるまでは死ねん」などを繰り返す。チョマが縁側に現れると孫達も見に来て、お婆ちゃんは可愛い野良猫の自慢話を始める。

通し稽古が始まる時点で、採用作品は20、候補は6作品に増えている。高齢者お見合いは惜しくも通し稽古でやぶれ、メンバーはチームを組み替えて再挑戦する事になった。原因は、緊張している男性をほぐす筈の女性が「お見合い」という設定を意識し過ぎたために穏やかな流れが失われ、結果的に緊張感だけが残ったからだ。公演後にも稽古と「敗者復活戦」を行う事になったので、上手く行けば二人とも明日は出られるかもしれない。

新宮公演のテーマもつくばと同様「家族」だ。一目で分かる違いも多い。研究都市であるつくばの家族は明らかに都会的な核家族に対し、新宮の方は当たり前のように祖父母も登場する。また、新宮の時間の流れの方が少しゆったりしている。しかし、どちらにせよ「家」は特になにも起きない空間の中、自然体に戻れる、いわゆる「下品」な行動もゆるされる身内だけ憩いの場だ。現実に確かに事件もおき得るだろうが、今回はあえて大きな出来事を避け、なにも起きない時の時の家庭を描写している。

公演は元気の良い尾池校長イッセーの挨拶で始まる。就任したばかりで、これから新宮校の文化祭に向けての演劇などを開発を予定し、またこの地域の生徒たちの家庭をも訪問する事を計画しているらしい。ただし、その時は色々な格好をしているかもしれないので、驚かないで暖かく迎え入れてほしいとの事だ。

続くのはチョマちゃんの家族、母親に腹筋トレーニングを勧める娘、お婆ちゃんにボーナスで買った指輪の自慢をしたり、「鼻はどの指でほじるの」と聞いたりする孫等の作品だ。独り暮らしのお婆ちゃんが納豆を食べようとする時に、便利屋イッセーが風炉釜の修理を断念したと報告をしに現れ、結局居着いて一緒に酒を飲む事になる。成り立たないデートの二人が相変わらずかみ合わないぎこちなさを漂わせながら関係を進めようとする。妹たちに恋の苦しみを解く姉が心地よく無視され、お爺さんにドラエモンで感動すると言う友達の笑い話を持ち掛ける孫はお返しにお爺さんの昔話を聞かされる。

次から次へと移る場面の間を新宮音楽隊は、参加者の一人が持って来た自作楽器を使って埋めていく内に時間が過ぎ、最後には昨日チョマお婆ちゃんと組んでいた姉妹が登場する。今日も元気よくお父さんの駄洒落を批判している。お父さんの帰りを見計らって奥から出てくるのは引きこもり息子イッセーだ。お父さんは三人の冷やかしに動揺せず、テニスのコーチになりたかった夢を語る。重病ながらも外国で自分が育てた選手が優勝するのを見届け、「ユーアーチャンピオン」と言い残して、その場で息絶えると。最後の言葉は自分の家族ではなく選手に向けるのかと聞かれ、「時間がなかった」と答える父。

舞台挨拶のあと、全員が少し休憩をし、再び舞台前に集まる。公演は明日しかないので、出たい参加者は真剣だ。

森田は話しだす。「現実では、お爺さんとお婆さんの何度も繰り返される話は迷惑がられたりする。相手の言う事を聞かず、自分の事ばかりを話したりもするのは年寄りだ。しかし、それを聞き流しても良いのは家族だし、聞いていない相手に話を出来る事もありがたい事だ。」

「いま描いているこの家族風景もやがて消えていく運命だ。宮崎やここなどでは残っているが、都会ではもうすでに無くなっているのだ。そんな色々な消えていくものを描く事によって意識させるのも演劇の一つの役割だ。消えて行くな、と思いながら見る事になるかもしれないが、それも気付かない内に無くなっていたというのとはまた違う。」

「今回の演劇では、そんな風景を描こうとしている。だから、皆よりも上手く見せたいとか、他の演者を食うとかとは全く無縁で、どう相手を支えて優しくしてあげるかがポイントとなる。相手が困ったらどう助けるか考えてあげてね。」

夜の稽古を見るために残っている観客も数名いる。彼らも今目の前で生まれようとしている新しい作品を真剣な目で見守る。明日はどんな変化をもたらすだろう。

野良猫の家族
野良猫のチョマに餌をやるお婆ちゃん。曽爺ちゃんは死ぬ前に自分んも食べたいと主張しながら昔話をはさむ。

参加者控え室
公演前の控え室は緊張に満ちている。とはいえ、順番確認と台詞の打合せをしている側で仮眠している参加者もいる。

小池校長イッセー
新任の小池校長は校庭に集まった皆に二学期の始まりの挨拶をする。演説中に必ず日射病で倒れる生徒がいるらしいので、時間を気にしながらも好き勝手に企画している学芸会の事を話し、皆の暖かい支援を募る。

新宮音楽隊
岡田音楽隊隊長の元で活躍する新宮音楽隊のウッドベースやフルート意外の楽器は全て参加者が自作したものだ。回転させて鳴らすプラスチック罐製の「笛」は風のように歌う。

お婆ちゃんと孫娘
孫娘の話を聞く婆ちゃん。最近自分が親指で鼻クソをほじるのに気付き、自分は気持良いとはいえ男に嫌われるかなと相談する孫。

鼻血お爺さん
二人姉妹が気ままに喋る部屋へイッセー爺さんが入ってくる。鼻血を出したからお婆ちゃんに「止まるまで近寄らないで」と言われたらしい。爺さんは姉妹にも無視される。

マイクを握るイッセー
本番後の夜稽古ではイッセーも助言や駄目だしをする。本人もこの企画を本気で楽しんでいるようだ。

Re: 何も起きない幸せ

「普段の暮らしの中では明日の事は考えなくていいから。いっぱい遊んで、仕事して、家事して、そしてここに来て欲しい」と森田さんは前夜云った。僕は昨夜家に帰ってから頭を切り替えようと、見ないままに積み上げられたDVD の山から1本抜いて鑑賞する。だが、どうも物語が入って来ない。電源を切って、読みかけの本を開いてみる。だが、頁は進む所か戻る始末。仕方なく寝る事に…目が覚めて時計を見ると、夜も明けぬ3時半。結局はパソコンを開いて僕の想う所の"灯台守"をまとめていた。だって僕は受かったはいいが、たった一度の昨夜しか稽古をツけて貰えてないのだ。ズブの素人に何が演じられようか!パートナー捜しだって…実は森田さんのO.K.を貰った後、幾らかの人に声をかけられた。どの方も達者な芸を持った方だった。けれど僕は彼女と組んでみたかった。僕にワークショップのチラシを見せてくれた人で、ハルちゃんから灯台守に転じさせた張本人だ。この幾つか連なった"偶然"が"必然"であるならば運命とやらに乗かってみるのも悪くないはずだ。幸いにご主人も僕の友人だ。僕は右を向いた夫と左を向いた妻を彼女と演じてみたかった。しかしだ。他の方の芝居には何処かに笑いが紛れているのだが、僕らのそれに笑いはない。悪く云えばドライ、まぁ良くてシュールだろう。繰り返すが笑い所は、ない。けれども…見果てぬ夢を追う男と、根を生やし暮そうとする女と、それでも二人寄り添う姿が誰かの心を和ませる事が出来るのではないかと信じたかった。そこには森田さんの云う「何も起きない幸せ」があるのではないかと。

 会場に着いて、最終選考が始まった。開演まで後6時間。まだ参加が決定していない方が次々と舞台で演じ、森田さんは「使います」と「駄目です」で判子を押しながらその全てに付き合う。「今日はオレから先に喋るから」と彼女に耳打ちして、程良く僕らも舞台へ上がる。幾らか喋って"灯台守"の歌を口ずさむ。それを合図に彼女が喋り出す。「ねぇ、いっちゃん。私、家が欲しいっちゃんね」…これまた幾らも話さない内に森田さんから「コレ、いい所に入れといてよ」とO.K.。ホッとする想いと、まだ稽古をツけて欲しいと云う願いと、一刻も早く立去りたいと云う気持ちと、こんがらがって嬉しい。皆が一通り出て演目も揃った様子で、新宮で示された方向性が間違いでないとの証明も見せて頂いた。休憩。この休憩一つとってみても確実にバージョンアップしている。何と云うか、皆が確実に一つになりかけているのが手に取るように解るのだ。会場に戻ると本番直前の通し稽古が始まった。皆が驚く程に上手い。トントンと進み、僕らの出番が来て舞台へ上がる。「彼女は声を大きく、それから灯台守は棒読みになってるから、もっと感情を入れて演ってみて」と森田さんの助言を受けて始める。「やっぱり、オレは灯台守に!なりたい」…?…??…???…僕は突然真っ白になった。真っ暗ではない、アレは文字通り真っ白だ。これまで確実に届いて来た森田さんの声までが遠い所で鳴っていて、入って来ない。ようやく聞えたのが「ハイ、喋って。ホラ、喋べろ!」と云う森田さんの声と、「いっちゃん?」と呼ぶ相方の声だった。

 森田さんは「皆がある程度の台詞を用意してるんだろうけれど、その先にあるものが見たいのね。その先にあるものしか信じられないのね」と僕に手を伸ばす。「彼なんか、あー見えて絶対にイイ人なんだよね。それが職場では上やら下やら周りやら色んなシガラミに縛られて自らを犠牲にするしかなく生きているんだよ。きっと話したくないような話を朝礼で話したりしてんだよ、な?。俺達はそんな人達を見せたくて見て欲しくて、イッセーさんとこーして色んなトコ回ってやってるんけどね…まぁいいや、そんな事」…僕は聞こえないフリを装ったが、森田さんがあれ以上喋ったら崩れていたかも知れない(否、森田さんはそれすらも予見して切り上げたのだろうか)。「今尾君、これ間に合えば(立ち直れば)ヤリましょう。彼女は彼を助けてあげて。灯台守は皆の為に頑張ってよっ」と結んだ。皆の為に頑張る?…僕は舞台の袖に引っ込みその言葉の意味を考えていた。「アンタが失敗する事で皆の足を引っ張る」とは聞こえなかった。それよりも「アンタは皆から見守られている、だから頑張らないとなっ」と聞えた。あぁそうだ、オレは灯台守を演るんだっけ、だからこそ皆の為に灯台に火を灯さなきゃイカン。僕はそんな風に自らに言い聞かせていて、そんな頃に客入れが始まった。控え室でも僕は相変わらず円からは遠目に位置して羽を休めている。けれどもこれまでとは違い、一羽でなく二羽で。相方が傍らにいて声をかけてくれる「いっちゃん、大丈夫?平気?」。うん、多分大丈夫。きっと演れる。アリガトウ。

 開演。フルートと共に会場には姉妹二人の歌う校歌が流れてゆき、ジャージーなウッドベースが交じり合う。少女らの涼しい歌声、かん高く優しいフルート、それを独特なコードで支えるベース。それはまるでこの町の片隅で娘と母と父の織りなす暮らしぶりのようだ。街でもなく田舎でもない。壊れているようで壊れてはいない。混沌としていて、けれど温かいのだ。このヘタウマな開演から新宮にある家族の歌が聴こえて、すっかりと僕は心を奪われてゆく。明りが点くと舞台には校長さん(イッセーさん)が立っている。時間がない?と周囲に聞きながらも終わりなくご挨拶を続け、笑いを誘う。バトンはワークショップの面々に渡され誰にも先の読めない喜劇が続く。お客さんは固唾を飲んで見守ると云うよりは、もっと温かな視線を傾けてくれている。演目の隙間を縫うようにイッセーさんが現れる。ある時は風呂釜を修理に来た職人で、お婆さんに引き止められ妙な仲となってしまう。ある時は鼻血を出したお爺ちゃんで、お婆ちゃんの部屋から追い出されて孫の部屋に横たわっている。ラストはのっぺりとした親父ギャグを連発する父に似ても似つかない引き篭りの息子役だ。僕らの出番はこのラストの二つ手前だった。やるとかやらないとか想う前に僕は壇上に座っていた。「ワリぃ。やっぱりオレは、灯台守になりたい。どっか名もない岬の先の先のその果てにある灯台に火を入れる人になりたい。例えばそこは携帯電話なんか圏外で表示される幸せな場所で、そんな辺境の地でオレは灯台守になって、海に出た人を導く光をいつまでも灯し続けていたい。ララーララ〜」…同じ家の中で妻が「家が欲しい」と話している。