終わりと謎
新宮ワークショップは今日の公演で終わりだ。開演予定は午後二時なので、稽古は一時半まで続く。
昨日重要な役を担っていた参加者が、まさか自分が受かるとは思っていなかったので、仕事から休みを取れず来れなくなっているようだ。この事が判明したのは昨日なので相手役は心配そうだが、何人かと試してみるとなかなか良い代役が見つかる。
昨日の公演時間は一時間四十分だったので、時間的な余裕はまだある。昨夜と今朝の稽古で演目に新しく加わった作品は五つだ。全体の流れは昨日とほぼ同じだ。
- 尾池校長の挨拶
- 尾池先生イッセーは、昨日同様元気よく全校生徒やその家族に第二学期や今計画している学芸会等の話をする。
- チョマ家族
- 野良猫のチョマを可愛がるお婆ちゃんの後ろで「オリャもう死ぬ」と主張する曽お爺さん。子供らしく身勝手な孫達は曽お爺さんを無視して猫の餌やりを見にくる。
- 指輪
- お婆ちゃんに寝転がりながらボーナスで買った指輪の自慢、休みの時眼鏡をかけて図書館へ行く計画と鼻くそのほじり方に関して話す孫娘。
- 庭が見たい
- 庭が見たい寝込んだ爺さんに思い出話しをする妻。学生時代の悪さを話す爺さん。
- 納豆婆ちゃんと便利屋
- 一人で納豆を食べているお婆ちゃんの風炉釜の修理を断念して帰ろうとする便利屋イッセー。饅頭を差し出されて最初や渋々食べるが、気付くと息があって一緒に酒を飲む事に。
- だるい夏日
- 庭に面した部屋で暇をつぶす姉妹。妹は電車オタクの同僚に付き合わされ退屈した事を愚痴る。
- 盛り上がらないデート
- 結婚相談所のサイトで知り合った二人。人付き合いが下手である以外全く共通点がないなか、全くかみ合わない会話を続ける。
- 団扇婆ちゃん
- 言葉遣いの悪さを指摘された事をお婆ちゃんに話す孫娘。団扇であおぎながら孫の話を聞く婆ちゃん。
- 温泉と美顔器
- お母さんと暮らす男性が男らしさが自慢。お母さんの通販癖をけなし、温泉を絶賛する。
- 知っとう?
- かってにおやつを食べて妹たちの総好かんをくらってから知ってる事自慢するお姉さん。「隣のオッチャン、遠くのビデオ屋からビデオ仮に行くの見たっちゃ。何でか知っとう?ね、知らんやろ。」
- 政治屋
- 政治家イッセーが我まま演説をひろうする。総理大臣にも勝る勢いだ。
- パパが悪い
- 車のカタログを熟読するパパにお腹の肉が減らない事を愚痴る娘。太る遺伝もパパ譲りだし、夏やせに失敗したのもパパが買ったお菓子のせい。きな粉牛乳だけがが頼みの綱。
- 宝くじと旅
- 腰の痛いお婆ちゃんの側でペディキュアを塗っている孫。宝くじが当たったら旅をしたいという。
- 走る鳩
- 鳩を引きそうになった話を妻にする婿養子。手で捕まえようとしても飛ばずに走って逃げると言う。これではあと百年もしたら飛べないミニダチョウになると推測する。
- 鼾する聞き手
- 寝ているお爺さんの枕元で独り言のように男運の無さを話す孫娘。あこがれの的が二十歳で自己破産、しかも不倫関係である事が判明。泣いたり笑ったりする孫の話を全く聞かずに、時折鼾をかきながら寝続けるお爺さん。
- 月末の金欠病
- 月末の金欠病に苦しむ姉妹が家で転がり、お金を貸すが小言も言うお母さんの話を聞き流す。巻き込まれたくないお父さんは無言のまま話を聴く。
- 恋愛と輪ゴム
- 小中生の妹たちに恋のつらさを語る姉。恋愛の話を無視し、平泳ぎをする度に落ちて無くなる左の髪ゴムの事を論議する妹たち。
- 鼻血お爺さん
- でれっと座って無駄話をする姉妹。妹は延々と脇の無駄毛を処理し、姉が結婚の悩みを話し続ける。鼻血を出してお婆ちゃんに居間から追い出された爺さんは二人にも無視される。
- 燈台ロマン
- 家を買いたい妻に、自分が実は燈台守になりたいと話し出す夫。俳句を交えながら、人里離れた燈台守のロマンに満ちた生活を語る。
- 高齢者見合い
- メンバーが入れ代わった高齢者見合い。男性は漫画を一度も描いた事のない漫画家志望。戯曲は女性の鼻歌で始まる。会話は二人の目の前の風景から広がる。
- いちゃつく夫婦
- 妻は夫の膝枕。ごみ出しは男の仕事。社員旅行で係長の不倫が発覚したらしい。他愛のない会話が続く。
- イグアナの心臓発作
- 子供たちがペディキュア、お父さんがつまようじに夢中。横たわるお母さんは心臓発作で死んだイグアナの話をする。「もう骨と化しているから子供が掘ったら恐竜だとおもうだろう。」
- 合コン話
- ゴウコンに誘われた孫がお婆ちゃんにはなす。頼まれたから行くだけだ。積極的すぎると誤解されるだろうし、持てないと思われるかも。どんな服にしよう。
- ジャックニコラス
- ボケ爺さんがプロゴルファーのスィングをまねては、その名前を叫ぶ。孫が今日教習所で爺さんの掛け声を思い出して初めて坂道発進が出来るようになった。
- お婆ちゃんっ子
- 「おばあ、おばあ」とはしゃぐ孫娘。特に大きな事件は無いが、お婆ちゃんが話を聞き流す。
- パパの夢
- お姉さんと妹がのんびりと寛ぎ、会社を辞めるとか辞めないとかの会話をする。そこへ、お父さんが帰って来て、嫌がる娘達に駄洒落を披露しながらズボンを脱いで寛ぎ、今日会った昔の同級生の話を始める。友人はニューヨーク支部長になっていたが、同じテニス部だったお父さんの方が本当はテニスも勉強も上手だったと言う。
- 引きこもり息子イッセーが駄洒落が終わった頃を見計らって奥の部屋から入って来ると、お父さんはさらにテニスコーチにりたかった夢を語り始める。海外で育てたウィンブルドン選手をチャンピオンにした瞬間、心臓病で息絶えたかったと。家族それぞれが鼻歌を歌いだすと暗転となる。
台風の影響で稽古が一日遅れたのは心配だったが、ここまで来るとほっとした気持と達成感がおおきく膨らむ。昨日の公演は評判がよかったのか、観客も増えている。参加者は公演前から、本番前に力を使いはたすのではないかと心配になるほど高揚しているが、新宮の最終公演も無事幕をとじる。
公演後の交流会も相変わらず驚きの宝箱だ。福岡だけではなく、遠い所で言うと沖縄や大阪からの参加者もいる。図書館職員、海外で写真を勉強しながらも今は地元の写真現像屋で働く女性、医者、巫女、放送局のADなど、背景が余りにも千差万別なので、こんなに色々な人が何故こんなにも集まるのかがますます知りたくなる。結論は簡単に出そうもないが、今年のワークショップはあと四か所だ。ゆっくりと観察を続けよう。

鳩退化論を唱える夫。「鳩って歩くとこう首が前後にピョコピョコ動くクサ。その動きを止めたら歩けなく成るって知っとう。」

娘達の冷やかしに慣れているパパは今も体に自信がある。「俺は会社でも皆にミスターセクシュアルとよばれているぞ。」

漫画家志望ながら漫画を一度もかいた事がない男性。お見合いしている二人の運命はいかに。

時折鼾をかくお爺さんに悩みを打ち明ける孫娘。「王様の耳はロバの耳」を地面の穴に唱えるよりも確実に秘密保持に自信が持てる。

家を買いたい妻に、自分が燈台守に成りたいと語る夫。夢を実現化する気はなさそうだが、燈台俳句には熱が入る。

新宮最年少の参加者達。人気がたかく、出演作品も多い。

このワークショップシリーズではこんなに素直な設定は珍しい。
Re: 終わりと謎 -
昨夜。舞台が掃けた後、関係者らは再び会場に入った。反省会で森田さんは新宮にある家族の残り香を聞かせてくれた。そして我々のメンタル面を補足し勇気づけた後で「駄目出し…は今日はいいだろう。良くやったよ。皆、疲れただろう(笑)」と結んだ。イッセーさんは「一日少ない稽古の中でここまでやれれば上々。皆もお客さんの温かさを感じたでしょ?今日までが練習で明日こそ本番です(笑)。皆、もっとやれるよ。頑張って」と加える。皆の力強い拍手が互いを鼓舞してゆく。撤収を始めた中で「灯台守、良かったじゃない」と声をかけられた。森田さん最良の伴侶、清子さんだった。実は僕は、誰かの駄目出しに飢えていたのだ。「もっと多面的なアナタであっていい。だからあの時(稽古の時)森田は"ここで笑って"とか"詠んで"と云ってアナタから引きづり出そうとしたじゃない。目を瞑らないでしっかりと開けて喋る。うん。もっと、こーもっとアナタを見せてやればいいのよ」…実は僕は昨日の本番の後もうこれ以上は出来ないヘロヘロの状態だった。明日(楽日)も何とかこれを演って務めを果たせばいい、と想っていたぐらいだ。だが家に帰ってからも、帰りがけに聞いた清子さんの言葉がずっと聴こえていて、その力強い声が湿気た僕の導火線に繰り返し火を点けて来る。僕は新聞の折込広告の裏側にある白紙を見つけるとペンを取って、つらつら幾つか詠み始めていた。「明日は歌わんで"詠んで"みよう。バージョンアップしてやる」
楽日の朝。気分転換に散歩をしながら、フイに昨夜広告の裏に書いたものを反復してみた。言葉がつっかえて上手くゆかない。「こりゃ無理やな」と記憶にフタをしめて仕舞い込み、楽日の会場へ向かった。森田さんは皆に云う「さぁ今日は挑戦しよう。照明は落とさないからなー(笑)」。イッセーさんは云う「皆は昨日十分に見せてくれた。今日はその先にあるものを見せて下さい」…先ほど消えたはずの火が僕の導火線に点いたのは云うまでもない。それと昨日想った事がある。直前になって採用となった人(ネタ)が直後の本番でその勢いを発揮していた事だ。裏腹に本番で失速して見えた演目もあった。稽古では希に見ぬ驚くべき力!を発揮していたものが本番でその持てる力を示せないままに照明が落ちていたのを見た。逆に稽古では切って捨てられていた演目が本番で見違えるように蘇っているのを見た。大口を叩かせて貰えればそれはイッセーさんにも言えて、今もそれは何故だか解らないのだが。それから僕が個人的に大好きな演目にも触れておきたい。野良猫に餌を与えるお婆ちゃんの傍で「おりゃもう死ぬ!」「死ぬ、メシ食ってから死ぬ」と繰り返すお爺ちゃん、彼の昔話には噴き出した。納豆婆ちゃんと便利屋イッセーさん、その引き出しの多さに驚いた。噛み合わない話題の盛り上がらないデート、彼女のかもし出すパラレル世界が大好きだ。僕の相方の(本当の)ご主人、彼は前日は直前に外され楽日直前に復帰した。彼は当初の演目とは全く違う演目でお爺ちゃんに扮装し何も考えずに演じ、それが本番で見事化けた。それから中学生と小学生の姉妹。二人は冒頭で校歌を歌い、野良猫の演目にも加わり、ビデオ屋の演目、泳ぐ度に落ちる髪ゴムの演目と駆け抜けた。お姉ちゃんは話し出すとマシンガンのようだが的外れ、妹はねっとりと絡まる水飴のようで、そのネタとアドリブには本当に驚き、そして大いに笑った。稽古の勢いが出せれば末恐ろしい。
さてと。あまり触れたくはないのだけれど。僕の楽日について。舞台の上で僕は前日に瞑っていた目を開いてみた。その途端にお客さんの顔が沢山(本当に沢山)見えた。場慣れない僕はギアが違う場所に入ってしまった。紆余曲折を経て楽日本番に俳句を詠んでみるも、結果は満足のゆくものではなかった。「はまゆうの岬に残る君の唄」「聳え立つ、月の女神の股ぐらで」「世捨て人、風の野よりも参観日」etc …そのどれにしても勢いとリズムで笑わせる類いの品だが残念な事に壇上の僕には、欠けていた。前日、本番直前で真っ白になった男が直後の本番でソコソコやれてしまい素人である事を忘れ調子に乗ってしまった…と僕は楽日が終って相当に凹んだ。僕は殻を破れなかった。けれど…も本当に破れなかったのだろうか… 確かに楽日の灯台守はそれ(殻)を破れずに敗れた。だが僕はもしかするとこのワークショップに参加した自体既に破っていたのではないだろうか?稽古において学んだ中で僕は自らの殻を破り続けてはいなかったか?何度も床にヘタり込んでは立ち上がり踊ってみせたのでは?楽日になって無謀な挑戦をする事は僕の殻を破ったと同等ではなかったか?…僕は交差点に石を投げれば当たるような会社員なのだ。出番の前にプログラム用紙を指差しながら相方に囁いた「オレ達はここに"ヘタ"って書いてあるように素人なんやからさ」、彼女は口を押さえて笑う「え?いっちゃんこれ"シモテ"って意味よ」…僕はプログラム用紙の演目に一つ一つ記されてある"上手"と"下手"を本気で"ジョウズ"と"ヘタ"だと想い込んでいて、彼女に笑われるまでそれが"カミテ""シモテ"と座位を意味していたと知らなかった。耳が真っ赤になったが、相方の緊張が解れたのならそれで良かった。僕を傍らで励まし続けた彼女は、実際には僕よりも緊張して出番を待っていたのだから。
終演の後、主催者の今尾さんは打上げの挨拶でこんな事を云った「この打上げまでが、この事業に含まれてるものなんです」。僕は前でも述べたように終演の後まぁ凹んでいたのだが、海岸を洗う波のようにこの打上げは心を洗うものであった。参加者と参加出来なかった人"イッセー尾形・ら"が緊張から解き放たれて、様々な形の花火がそこに上がった。やがて素生さえ知らずに過ごした皆が一人ずつ挨拶をし語り始める。舞台袖で「コワい女だな」と想っていた方が県外から来たADだったらしく、正体がバレた途端に司会を任された。演目の順に皆が前に出てマイクを手に心を開く。そのどれもが打ち寄せる波となって僕らを洗う。ある方はこんな事を云った「私は稽古の時にも森田さんから云われましたが…その通り"出戻り"でして、中学生のお兄ちゃん二人を連れて新宮に帰って来たんです。でも…もうずっとお兄ちゃん達は私に話しをしてくれません…この暮らしが、変わるきっかけになればと参加をしました」…相方もADも誰も彼もが目頭を押さえている。「今日はあそこにお兄ちゃん達も来てくれています」と僕のいる方を指すので、辺りを見ると中学生が二人いる。僕は堪えきれずに弟の方の手を引張って、前で震えているお母さんの元へと引きづり出した。残るもう一人のお兄ちゃんに「行け、前に行けっ」と諭すと彼は自らの足でお母さんの待つ方へと歩いてゆく。母と子が、並んだ。どっからどうみても親子じゃないか、全員が母子を拍手で祝福をする…そうか、皆そうなのか。僕だけじゃない、皆が狭間で生きているのだ。幸せと不幸の、生と死の、光と影の、境界に生きる人々。僕らは何かの雑誌やTVの中で見る人々ではない、フツーの人々。決して" イッセー尾形・ら"は僕らに成功を約束し、栄光を齎してはくれないだろう。彼らの与えてくれるものは何かの"きっかけ"に過ぎない。彼らは僕らの扉を開けてくれる救世主ではないし、扉を開ける鍵を手渡してくれる訳じゃない。この事業の名にも『イッセー尾形のつくり方』とあるように、彼らはそのある鍵を捜すヒント(ドリル)なのだ。実際に僕らは自ら鍵を見つけて、扉を開けた。そこにはこれまでの暮らしと何ら変わらない景色が広がっていた。少しだけ輝きを放つ雨上がりの世界に。