誰かを待ちたくなる駅
三重県は久しぶりだ。昔旅先で友人にもらった車で東京へ帰る途中にとおった時以来かもしれない。その時、地図を持たずに走っていたら京都を過ぎたあたりで道を間違え、気が付くと奈良県の山奥だった。やがて十津川村の温泉居酒屋で道を聞き、三重県の海岸に辿り着いたのだ。山道をまっすぐ降り、海にぶつかった所のガソリンスタンドに入ると、店員さんと麻雀をしていた伯父さん達がそそくさと牌を片付け、少し慌てた様子で帰って行った。続けたら良いのにと思い、なんだか邪魔者になったような気がしたが、お客優先らしい。今日はもうだれも来ないと思っていただろう。柔らかい晩夏の夜で、海風が吹いていて、またいつかこの道を通りたいなと思った。
あれからはもう十年は経っていると思う。今度は電車での移動だ。名古屋で乗る特急は二車両編成には少し驚いた。車掌さんが切符を見る時、乗客と立ち話をする余裕があって気持良い。英語で話しかけられたから、自分も英語で答える。
窓の景色を見ていると、町でも田舎でもない不思議な感じだ。線路沿いの所々に家があり、その庭の大きな石の上に立つ五歳前後の少女が、髪の毛に風を受けて立っている。線路石が不思議な錆茶色で、駅のホームのアスファルトも赤茶けて丸みをあびている。東京とは違って、駅は何処かへ行く時に通り道ではなく、人が来るのを待つ場所にも見える。ふと、一度こんな所で好きな人が来るのを待ってみたいと思う。
津市に着いても、同じ穏やかさが感じられる。駅そのものは少し大きめでも、慌ただしさが感じられない。タクシーに乗って、三重県文化会館についてもそうだ。大きな階段のわきにある案内所で、懇切丁寧に小ホールへの行きかたを説明される。施設が見るからに大きく迷路めいているが、職員は極めて暖かく人間的だ。
稽古はもう始まっており、下の舞台には何十名もの参加者が円陣を組んでいる。客席にも数名が座って見物している。円陣の中に入ると、演出家の森田が明るく手を上げて挨拶しながら稽古を続ける。昼の部はもう特定の人物を思い出して、その口調で話す段階まで来ている。
参加者達は緊張しているものの、どことなく肩の力が抜けているような感じもする。順番が廻って、隣の人が自分が言おうとしていた事を先取りをしても難しい顔をせずに、「あたしも同じ事を言おうとしていた」と言ったり、誰かが上手くいくと同じ事を繰り返したりする。
休憩時間に、音楽担当の岡田さんの楽屋にテルミンを仕込んでみる。触らずに、縦横のアンテナ付近で手を動かす事によって音程と音量を変えて弾く電子楽器だ。小倉で話題になり、自前のが有ったので、ワークショップで使えないか試す事にする。楽器の種類としてはかなりジャジャウマなほうなので、全体の雰囲気に合うかどうかがポイントとなるが、少なくともスタッフのかっこうの遊び道具にはなる。以後、岡田さんの楽屋を通る度に誰かしらがその奥で両手を指揮者のように手を上げ、集中したような表情で中空から奇っ怪な旋律を召喚している。
夜の部が始まると、参加者がさらに増えており、今回はどう纏めるかが不思議に思えて来る。他人の歩き方を試したりもするが、一つの課題で一周するだけでも、軽く30分はかかる。稽古は3時間として、それをかりに60で割っても一人当たりが直接森田と接する時間が僅か三分になる。よって、残りの177分の間、自分以外の者はどんな行動ややり取りをするかを観察するのが一番重要だ。
しかし、百数十人もいると、せっぱ詰まった時に出て来る話もかなりまちまちだ。特に印象に残るのは、「竹箒」と「警察犬崩れのジョー」だ。「竹箒は古い方が良い」で始まる前者の唐突な出出しが耳をぴくっとさせ、実に流れも良く、現実感があって先を聞きたくなる。「警察犬崩れのジョー」も、先が聞きたくなる描写だ。初日でこんな内容が出ると先が楽しみだ。

舞台はより大きな参加者の円陣。初日の進み具合は恐ろしく早く感じる。

三重は今までのワークショップの中で比較的に男性が多い方だ。

相変わらず描き続けるイッセー。新しい場所のその雰囲気をとらえる手段の一つだ。

そのスケッチは、初めて見る参加者達の初印象。

参加者たちの話を制御する森田。指揮者のようにテンポ、強弱などを指示すると、話その物が思わぬ方向へ進んでいく。

話すのが主なワークショップなので、体も動かす他人歩きの練習は、ちょっとわくわくする。

二階の照明室からは全体が見渡せる。会場のスタッフも真剣に稽古を観察している。
「竹箒の人」と呼ばれて
ステージと客席の間に、折りたたみ椅子が車座に置いてある。客席に座っているのは、見学だけの人。知らずにそこに座りそうになった。折りたたみ椅子には40人くらい座っている。けっこう年齢も幅広そう。9月中旬に来た手紙によれば、三重県は160名以上の申込みがあり、急遽、昼の部も設けられたらしい。その後、人数絞り込みのためのアンケートのやりとりもあった。まだロビーにはたくさんの人がいる。全部で80人くらいになるのかな?
演出家の森田さんが車椅子に乗ってやってくる。骨肉腫で片足がない。そればかりかある日突然、外出先から家への帰り方がわからなくなり、こりゃおかしいと思って病院に行ったら脳に500円玉大の出血があった、なんていう人だ。「それからアタマがよくなった」なんて笑ってる。
まず、四日間で芝居をつくるなんて、まっとうじゃないことなんだ、と。普通なら40日くらいかけてやることであり、あなたがたはインチキに加担してるんだ、と。なので稽古もまっとうじゃないよ、と。そして急に「なんかしゃべってみましょう」と、ひとりの参加者にマイクを渡す。
「今日は自分の中の、○○を△△したくて来ました、うんぬん、、、」
「はいはい、大事なルールだけど、自己紹介はナシ、ということで、はい次の人」
「天井が高くて広いホールだと思いました」
「困ると人は現実に見えてることを言いたくなる。それもなし、はい次」
「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ・・・・」
「できることをやるのもダメ」
なんか急に哲学的なこと言い出す人や、わかっててもいつのまにか自己紹介しちゃう人、「目を閉じてください」なんて催眠術みたいなこという人、パニクって絶句しちゃう人。ひぇ〜、あっちの方から始まってくれてよかったぁ。
「好きな人のことを何でもいいから喋ってみて」って言う。「キライな人のことでもいい」って。あるいは、知ってる人の中でいちばん年寄りな人、とか。その人について、説明をする。
「いつも○○する△△課の××さん」
男?女?いくつぐらい?どんなことする人?聞いてる方は、その人の喋りが頼りだ。そのうちに森田さんが言う。「どんなふうにおせっかいなの?ちょっとその人の口調で言ってみてよ」
だんだん求められるものが変わってくる。変わると言っても全然違うものにされちゃうのではなく、深かったり浅かったり色合いだったり光り方だったり、その対象がだんだん立体的に見えてくるような持って行き方。だけどこっちはたまったもんじゃない。だって、、
なんか笑いが起こるようなことを言った方がいいのか?ちがうちがう、どうも人のことを話す感じだな?年寄りの話か、死んだじいちゃんの話かなぁ。
じいちゃんは神主だったけど英語ペラペラでした。進駐軍の通訳とかしてた。鳥羽水族館へ行ったとき、外人にフツウに説明し始めて孫は全員卒倒してたなぁ。神社ではいつも竹箒で境内掃いてたな。蝉の声とか、砂利の音とか。太鼓叩いたり。あと、絵が上手かった。フジ三太郎をずっとキリヌキしてた。外出するときは手塚治虫みたいなベレー帽をちょこんとかぶってた。肉が好きやったな。巨人が大好きで気がおうてたんや。でもお風呂で死んでしもたなぁ。
あれ?どんな人か語るんじゃないのかよ、その人の喋り口調??じいちゃん無口やったんやて。どうすんねん。一回ド叱られたな。通行止めで車校に間にあわんで、ひょいと寄った時。あかん。説明しか考えてなかった。人かえるか???そや、じいちゃんに話しかけてるオレの口調や話の内容で、じいちゃんの人となりがわかりゃええのでは??
おおおお、次となりの人や。えらいことやがな。誰の口調にするんよ。ひぃ〜。。
「はい次、、うん?キミ、昼の部にも来てた人だな」
「ハイ」
「じゃ飛ばして、次!」
はぁ〜〜っっっっっぃ!?!?!?
マジすかオレかよおいおいとなりの人頼むわカンベン、なんやのキミいったいちょっと
いz129え7zqWy??
マイクを受け取る。マイク握ったら、ちょっと落ち着いた。口に近づける。固まる。沈黙。何秒??
「・・・竹箒はなァ、」
タケボウキ!?
「ちょっと古ぅなったぐらいがちょうどええんや。。」
空気変わったぞ。わかるぞ。大ハズシかド天国や。
「あんまり新しすぎると、硬ぅて使いにくい。」そこから、竹が抜けちゃった古いのにも使い道がちゃんとあったり、だから竹箒は古いのも捨てずに神社の脇に置いてあったり、そんなことを話した。
「はい話を変えて!」
「いつも通る道が通行止めやったからと言って、時間に遅れるとは・・・」
怒られたんや。こういうふうに。余分な時間みとかんオマエが悪い。帰れ!って言われたもんなぁ、最後。
「はい、いいよ」
森田さんの声がした。微妙に放心状態。気持ちはいいけど、姿勢や表情を変えようとしても力が出てこないぞ。ヌケガラ??
森田さんがいろいろ僕の喋ったことについて話してるのだが、聞いてる感じが、ちょっとプールのあとっぽい。ビニールカーテンの向こうというか。けどホメられてる感じはするぞ?違うか?
このあと僕らは、舞台を歩いた。人の歩き方を真似ることの難しさとか。他人の自然が自分の不自然。逆ももちろん。
そんなこんなで、初日は終わった。
そしてみんなはその日から、僕のことを"あの竹箒の人"と言ってるのだった。
駅までの臨時バスに乗る人が足早に出ていく。僕は、最初のスタッフ紹介の時に"音楽"って紹介されてた人の元へ行く。9月3日の舞台で幕間の音楽がよかった、そのことを言いたいと思った。
「今月のアタマの舞台、観させていただいたんですが、幕間の音楽がとても印象的でした。」
「あ〜、それは僕じゃない」
ひぇ〜っ、なんですとォ?
「あ、失礼しました。すみません。ではどうも、失礼します」
「あなた何かやってるの?」
「いや、演劇とか全然・・・」
「音楽は?」
「歌うのは好きですが。あとまぁギター弾いたり」
「コードがあれば弾ける?」
「はぁ、あんまり難しいコードじゃなければ・・」
「じゃ、あしたギター持ってきて」
「?」
「音楽、手伝って」
「!?」
「出演があれば、それはそれで出る時を調節すればいいから」
「!」
というわけで急転直下、明日はギター持参だ。