目的地のない散歩
今日は朝から気持が軽い。会場のスタッフも暖かく、気付くと館長さんまでもが音楽監督の岡田さんの楽屋でテルミンを弾いている。話を聞くと、元はヤマハに努めて、ドイツでは管楽器のマイスター号を得ている、色々なすごい経歴を持つ人だ。当然自分も演奏出来るので、早速スタッフ一同で音楽隊に誘ってみると、ちょっと戸惑いながらも、快く承諾してくれる。今までも会場の館長にワークショップ参加を進めてみたが、承諾してくれたのはここが初めてだ。思わぬ収穫だ。
稽古が始まると、何人かの参加者を舞台に出して喋らせるが、すぐまだ円陣に戻る。まだ少し早いようだ。つかもうとしている人物はまだ出来ていないので、その人に成ったつもりで話す練習が続く。
面白いのは、やはり誰かが「良い」と言われると、次の人から素直に同じような事を繰り返す人が続出するのだ。真似をすることに関する自意識がないのか、無意識にそうしているのかは分からない。
途中でイッセーも稽古に参加する。相手の参加者が緊張気味になり、人物を保つのに苦労しているようだ。今まで訓練した事をそのまま続ければ良いのに、舞台上で「本物」を相手にするとかしこまってしまう。まだ二日目なので、また時間があるし、本番迄はちゃんと対応出来るようになるはずだ。
四日間だけの稽古では、当然洗練された技術が身に着く訳ではないので、各参加者の記憶の中のイメージを材料に、一つのテーマを核に作品を作って行くのだ。芝居全体が参加者達が提供する細かい破片で構成されるのだが、その「破片」の最初の部分は大抵前置きだったりする。本題に入ってからの方が面白い。だからこそ、例えば昨日の「竹箒はな、、、」が新鮮で面白い。演出家の森田が求めているのは、起承転結ではなく、全速力で走っている所の切り抜きだ。
三重では時間の感覚が緩やかだ。稽古が心地良く先へ進む。しかし、肝心のテーマがまだ全然見えていない。何と行っても、人数がおおい。出たい人全員に出演の機会を与える予定なので、その数が活かせる方法が必要だ。大家族や、その他の集団を考えて見るが、しっくり来る案はまだ出て来ない。今のところは、まるで目的地のない散歩をしているようだ。
今日も休憩時間に行われるインタビューも稽古の一部と化す。森田は、色々される質問に、淡々と全員の前で答える。森田にとっては何時もと同じような内容でも、参加者達にとっては新鮮だし、森田の考え方が皆にもはっきりと伝わる。
稽古の写真を見返すと、ちらほらと現れては消えた色々なキャラクターを思い出す。特に頭に残っているのは<ある男性参加者が演じた母親だ。もう若者とは言えない息子を心配する親のうるさいお節介をそのまま再現していただろう。しかし、モデルが鮮明な分、その言葉の奥の潜んでいる愛情もしっかりと伝わる。
舞台上のかみ合わない会話が続く。のんびりしているように見えるその風景も、参加者達にとっては緊張の連続に違いない。少しずつ出てくるキャラクターがいずれ固まり、その内テーマもみつかるだろう。

参加者達に、皆の前に座ってもらう。礼儀正しく座るよりも、自由な工夫をした方が物語が生まれやすい。

色々な場面を試す。参加者が多いので家族も大家族になる傾向がある。

気取りや教師を演じる参加者。口癖のオウィエーは耳に残る。

いつの間にか演出進行を担う事になった今尾君は、もう作品に関するメモを取っている。これだけの人数で舞台を組むので、素材の組み合わせがポイントとなる。

イッセーも時々稽古に参加し、見本を示す。

興味津々

音楽隊長の岡田さんも稽古に参加する。その温厚で優しい気質が、音楽隊員の才能を引き出し、不揃いなメンバーでも全体を整える音楽を生み出す。つくばと神奈川での公演には役者としても出演している。

照明ルームは、会場スタッフの特等席と化している、、、
瓢箪から駒で、公演の音楽をやることになった僕。ギターを持って会場に向かう。受付でその旨を告げると、裏の楽屋の方へ通された。
「ギターは、アコースティック?」と音楽の岡田さん。
「はい、あ、エレアコです」
「出してみて」
「タカミネか。タカミネけっこういいの作ってるよね」
「はぁ」
「なんか弾いてみて」
わたしゃ弾いてみてといわれて弾けるようなワザはない。しょうがないので適当にアルペジオする。
D - A7 - Bm - G
適当に出てきたのは『なごり雪』だった。
「歌って」
おりょりょ、、まさかこんなとこで『なごり雪』歌うことになろうとは。なんかスタッフの人もいるし。ひとしきり歌うと今度は「有名な歌じゃなくて、誰も知らない曲とか、自分のとかあったらそれ歌って」
ならばストローク系で"♪誰にも会いたくないし〜ケータイも切ったままで〜♪"と歌う。
「単音でメロディは弾ける?」
「いやー、リードは無理です」
「そんな大層なのじゃなくて、ほんとにメロディをちょっと弾くぐらいの」
「うーん」
試しに弾いてみる。自分ではほとんど弾けないと思ってたが、なんのなんの、現実はそれ以上に弾けなかった。ぎょは〜。
そしてワークショップが始まる。昨日と同じく車座になって、今日会った人について話す。
どんな人かを話すところから始まり、ひとりずつ進んでいくが徐々にその人が喋ってる様子を表現していくスタイルになっていく。昨日は「話を変えて!」って言われることは少なかったが、今日は多い。
実在の人を念頭に話しているから、いくつかのシーンはその人っぽく話せても、どんどん「違う話!」と言われるとオロオロしてくる。たとえば陰険な同僚がいたとして、オフィスでの彼の言動は真似ができても、いきなりそこで「はい、その人が家で奥さんと喋ってる!」なんて言われたら、たいがいみんな目をシロクロさせて言葉を失う。
あるいは、口癖みたいなキメ言葉だけ真似してると、逆にもう話すことがないのに「続けて!」なんて言われてしまう。僕はこの日、前日の神社のじいちゃんではなく不動産屋のオッサンになってみたのだが、その人の常套句をいろいろ思い出して臨んだものの、それらが尽きても「話を変えて!」と言われず、結局馬脚を現して窮した。
なんとなく"笑いがとれた方がいいのかな?"なんて欲まで出してこのザマだ。多分それは、単なる"ネタ"に近かったんだと今は思う。"その人ならどう言うか"ではなく、"その人はこう言ってました"でしかなかったのだ。
いっぱいいっぱいの分岐点までやらされて、「さぁここからこっちと言われたら大変だ!」と内心みんながビクビクしてる方へ、かならず演出の森田さんは追い込んでいく。目はちっちゃいけどすごいのだ。なんでもわかっちゃう。とにかく誰もが止まってしまう。思考も、動作も、けっこう呼吸も止まりかけてたりして。窮するところまで経験しないと最初の一歩は踏み出せないのだが、そんなこと僕らはわかりゃしない。黙っちゃうことは恥ずかしいことだとこの時は思ってるから。答えられないことはダメなことだと刷り込まれてるから。
そして舞台を使ってのワークショップに移行する。身体を使い出す。しかしながらこのあたりから、どれが何日目の話だかわからなくなってきてる。申し訳ない。
二日目の夜に、音楽やりたい人〜!っていう声がかかった。何人かが音楽監督の岡田さんの周りに集まってる。僕はたまたまゆうべの一件があったので、今日既にギターを持ってきてるけど、実際にはこの二日目に初めて音楽やりたい連中が集まった。
何ができる?って話になり、
◇ハワイアンの弾けないウクレレ女子
◇打楽器全般オッケーなれど所持物はスティックのみ女子
◇ギターをあまり弾けないギター男子
といったイビツな面々が集まってることが判明。こりゃ楽しみ。
ちなみに岡田さんはベーシストである。