群衆の中の孤独

会場に着いたら、けいこ場の床がテープで16区画に分けられている。これが避難所か。昨日の、「二人以下なら一畳」という条件よりはましではあるが、見るからに狭い。

思えば、昔乗った函館行のカーフェリーの二等船室にも近いかもしれない。かなりの数の知らない人が隣り合わせで寝るので、大人達の間では何となく沈んだ空気が漂うが、子供だった私たちは、そんな事を微塵も気にせず振る舞っていた。まくら投げをして怒られ、皆と逆向きに寝たら父に親指から摘まれ、クルリと振り廻された記憶がある。

確かに友達も出来、退屈ながらも楽しかったが、そんな空間で強制的に何日も何週間も住まされたらたまったものではない。実質的には被災地の者には救いの地であっても、誰もが避けたい宿泊施設だ。

演出家の森田は心理を解く。こんな窮屈な所でも人は自分だけの空間をを求める。空間がなければ作るしかないし、落ち着かない中落ち着ける工夫をするしかない。いつもの様な会話をするも一つの手だ。彼氏とのデートの話しや、会社での出来事。昔話に、進学の話し等だ。

しかし、理屈をどんなにわかっていても、苦労するのは避難所をどうやって「日常化」するかだ。「避難所」という概念自体は単なる絵の額縁にあたる枠に過ぎず、絵の額縁と同様、目に着いてはいけないものだ。この芝居を立ち上げるには先ず「避難所」を思わせる台詞を全て排除する必要がある。「こんな所」という台詞は勿論禁句だ。「お風呂に入りたい」も禁句。「白い御飯」も「おむすび」もそう。

知らない者同志が集まる中、相手を無視する事も肝心だ。見て見ぬ振り、聞いて聞かぬ振りに徹する必要がある。病人がいれば、慣れている家族が「大丈夫よ」と、周りを安心させるだろうが、周りの人も病人本人もあまり接触を求める事はないだろう。また、一般的な雑音も、同室の皆の言葉も、上手く遮断出来るようになるにはさほど時間はかからないが、災害が起きたばかりなので、突然の大きな物音には皆敏感な筈だ。

群衆で過ごす夜には、寝言と鼾は欠かせない。その鼾を今回の芝居の頭と終わりの転換時に使う事にする。最初の内は中々上手く行かないが、一度感じを掴んだ参加者達は見事な鼾や寝言を披露する。

「避難所の日常」がある程度掴めて来ると作品を組み建てる作業に入る。人数も多いし、時間もないので、先ず相性の良い組を作るのが最優先だ。やり直しは稽古時間をさらに縮めるので、他人の振り見てわが振り直せの世界となる。相性の良いチームなら、例え避難所でも自分たちの日常をしっかりと繰り広げられるに違いない。

とはいえ、芝居全体に抑揚を付けるにも小さな事件や刺激も必要だ。森田が避難所なら何が嫌がられるだろうと参加者に聞くと、色々な答えが出てくる。提案者自身ではなく、提案者がその役に一番的していると思う者によって演じられるので、意外な人選もあって面白い。

今日も客席から稽古を見ている会場スタッフが多い。その視線は、真剣ながらもどこか柔らかい。彼らもこのワークショップを単なる一催し物としてではなく、またそれとは別の意味で評価している様に見えて、とても嬉しい。

参加者の人数が多いと時間がたつのも早く感じる。今日もあっという間に時間切れだ。しかし、材料がそろった以上、明日は安心して組み立てを続けられそうだ。時間が足りないと焦りそうな時は、たったの三日で芝居を完成させた新宮を振替れば必ず心が落ち着く。

区画
番号付区画と廊下と苦しむ男。通り掛かりの人は対応に困る。

つるし上げ
避難所には、余所者らしい人物が紛れ込んでいる。問い詰められる彼を見かねて、味方をする女性も結果的に余所者扱い。

見入る
コンセプトは出来た。次から次へと挑戦する参加者が、徐々にその枠を埋めて行く。

避難所の夜
皆が寝静まっても、必ず起きて話す者もいる。避難所の夜はそんな場面の連続だ。

小雪
小雪婆ちゃんと親戚の娘。主役級の人物だ。

避難所
区画に配置されたかくチーム。こんなに寝方は実際にはしたくない。

明日に備えて
大枠が出来たが、詰めの作業は未だ殆ど行っていない。自分が転けても大丈夫だが、他の役者を支える事は忘れてはいけない。稽古は明日も続く。

いよいよワークショップ最終日の四日目だ。しかしながら今日は知多半島で仕事だ。打合せは15:00から。

ワークショップが18:30スタートだから、移動に約120分みとくとして、16:00には出たい。早く行けば早く終わるものでもないが、14:00に着いてしまった。しょうがないから、犬の話を考える。

昔の犬の方が顔がイキイキしてた。今は服なんか着てる。雑種だらけだったけど今はそうじゃないし、雑種という言葉そのものがNG。ミックスという。そういや僕の父が中学の頃、家庭訪問を終えて帰る先生が犬小屋の前で立ち止まり、「この英語は間違ってるな」と一言。〈ジョンの家〉のつもりで父が書いていた英語は、〈John is house〉。ジョンは家です、ってどないやねん。

しかし問題は誰と組むのか、だ。ちょっとでも早く行ってアタリをつけないとマズイよな。てなこと考えてるうちに14:50。さて、待ち合わせ場所に向かおうとハンドルを左に切ったらケータイが鳴る。

「30〜40分遅くなります」

はうっっっ。。それだけはっ。しょうがないから、別の仕事を考える。おかげで一個できた。ラッキー。

打合せは初対面の社長さんとだったが、気持ちよくタタタターーッと事が運ぶ。いいぞっ。挽回だ!その調子っ!そして見事、16:10にはクルマに乗ることができた。往きに来た道を愚直に戻る。方向音痴な僕には、それが何より近道だ。

ここを越えて信号を曲がって、その先も細いけど真っ直ぐで、、、、、、と思ったら行けんがな!進入禁止になってる。往きの側からの一通だ。ちっくしょーー。

迂回だー。愚直に行ってもこのザマかーー。

しばらくして高速に乗る。「阿久比」というインターだ。よっしゃー、こっからは走るぜぃっ。降りるインターは結構近かったはず。「大府」だったかな?とにかく「伊勢湾岸道路」の標識が出てるはずだ。お、出てきた。「伊勢湾岸道路」は左へ。オッケーオッケー。
左へ行きま〜す。降りま〜す。

「150円です」

お?料金まちがってやがる。得した!いやまて、もしかして往きに取られ過ぎ??確かに300円払ったが。その瞬間、絵の具の筆を最初に突っ込まれた水のように、不安の色が一挙にムクムクひろがった。

インター間違えたのでは???進んでいく先は、明らかに全く見たこともない道だ。はうっっ。こう来たか、今日のオレ。

とりあえず地図を見る。降りちゃったものはしょうがない。方向を定めて走るのみだ。しかし夕方、クルマが多い。しかもなんだ?本来降りるべきインターまでは結構距離があるぞ。

「大府西」だぁ?そんなら「大府」に「伊勢湾岸道路」の矢印書くなゴルァ。ボケ道路公団めが。民営化でもなまっちょろいワ。解散しろ。磔獄門じゃ。

結局40分ロスしたのだ。あーめん。

そんなこんなで、ワークショップ最終日には見事に遅刻した。道路公団には損害賠償を求めたい。オータムジャンボ100枚でどうだ?

もうとっくに始まってるワークショップ、なんか客席に行きづらい。いちばん奥の上の方で見てる。しばらくして、舞台へ登るタイミングになったのでそっちへ向かう。とりあえず空いてる席にカバンを置いて、そのまま舞台へ。左の前の人から、セリフをしゃべり出す。犬の話しなきゃ。

途中、上手くいく人いかない人いろいろいて、そのうえ順番が微妙におかしくなってくる。
こりゃマズイ傾向だ。次しゃべろう。「犬は、、」というよりコンマ何秒早く、しかもデカイ声で女性が話し出した。

ひぇ〜、やられた。こりゃいかん。そこから右や後ろへ進んでいき、おいてけぼりだ。最悪。

で、そろそろ言わねば、と思ってるうちに、「よし、これくらいにしとこう」と森田さん。なんじゃそら。困りますがな。

で、みんな席に戻る。僕もとりあえずさっきカバンを置いた席に戻ってみたら、目の前に森田さん。かぶりつきの位置だ。今さらズレることもできないし、ハタから見たらめっちゃヤル気満々野郎だ。

そして今度は、避難所で小さないさかいとか何かが起こるんだけど、何が原因で起こるんだろう?という質問がいきなり出される。

「病気の人がいて咳き込む」「妊婦がいる」「歌を歌う人がいる」「不倫してる者が同じ避難所に偶然来た」「布教する奴が現れる」などなど、いろんなシチュエーションが提案され、それに対してどの人が向いてるか?という話になる。なるべくそうは見えない意外性のある人が選ばれ、舞台でシーンを演じる。面白いモノには森田さんのオッケーが出て、芝居に組み込まれていく。

ここへ来て、これまでコツコツと地道に積み上げてきた者を、一気に抜き去る者が何人も出てくる。キャラが強烈な人だ。それによって、今までやってたことはご破算になっても可。ハマリ役を得た者勝ち。すごい偶然と運でもって突出していく。でもホント、面白いんだからしょうがない。ゲラゲラ笑ってしまう。

しかし翻って考えれば、ゲラゲラ笑う世界じゃないところで来たオレはどうなるんじゃ??しかも相手は決まってないし、今日はしゃべってもいないし。

そうこうしてるうちに、四日目は終わった。それはつまり、ワークショップ最終日が終わったってことだ。おいおい、どーすんのよ、マジで。