新地

今日も、皆より一足遅れの新潟入り。八回目のワークショップで、この企画の最終回だ。

表から会場に入ると、目の前に浮ぶのは極めて劇的な空間だ。黒い壁に、急斜面の黒い客席。その奥に、まるで谷底の様に見えるのは真っ黒の舞台と、その上に並べられた白い椅子の輪。まだ舞台にはだれもいない。まだなにも生まれていない空間は、可能性に満ちているように見える。

奥の楽屋には、もうスタッフが衣装などを整理している。気のせいか、楽屋は少し気温が高いようだ。しかし、新潟は東京よりも北、しかも今は十月の終わりだ。そのぶん暖房を効かせているでしょう。

楽屋と舞台裏を探検すると、若い男性に呼び止められる。どうやら参加者ではなく、地元のNHKの局員らしい。ここはどんな印象かと聞かれるが、まだワークショップが始まっていない。空間は劇的ではあるが、着いたばかりだしまだ分からないという返事は、自分にも少し素っ気なく感じる。もう少し話したそうな雰囲気ではあるが、それ以上は話さない。

初日は毎回一番緊張に満ちている。ほぼ全員が初対面で、しかもこれから何が起きようとしているか分からない。有る意味では、どの方向に進むか分からないこの一時が一番面白いとも言える。何度見ても飽きない、誕生の瞬間だ。

いつもの様に、この場を離れた物語を作り、人物を思い出しながらその癖を探ってみると、真似をしているはずの本人の癖も露になる。

今日は、さらに特技の話が浮上する。特技は誰にもある。自分に取って当り前でも、他の人には出来ない事だったり、ただたんに慣れて無意識にこなせる事だったりする。これだけの人がいて、一人一人に新しい何かを覚えさせようとしてもなかなかそうは行かないだろう。ところが、まずその特技が何であるかを見て、その周りに物語を作れば短時間でも可能性が広がる。

今日の特技は、高校生の時平均台が得意だったお母さん、片手腕立て伏せが出来る女性、難なく英語をこなすお父さん、手を使わずに、一瞬で座禅を組める男性等、実に様々だ。「特技は無い」という参加者もいれば、「私は早く歩けるのだ」と言う女性もいる。「早く歩ける」特技を披露する女性は、恥ずかしいながらも嬉しそうに対し、「特技はない」という参加者は単に少しバツが悪そうだ。同じ恥ずかしいのなら、皆をも楽しませる恥かしさの方が利点が有るように見える。

昼の部の参加者は40人足らずに対し、夜の部の参加者は80人近くもいる。今までは、小人数で戯曲を作って来たが、新潟は最後だ。演出家の森田は、今までよりもかなり大編制の芝居を組み立てる事に挑む決心をする。危険も伴うが、そのぶん面白みも増す。結果は三日後の楽しみだ。

森田とポチオと参加者達
初日の昼の部の人数は役35名。栗東に比べると少なく感じるが、それでも普通に考えるとかなり大人数だ。当然自己紹介をする暇などない。

膝を立てて眺める女性
初日は全てが新鮮。この緊張感は普通はなかなか味わえない。

平均台
平均台の実演。実生活では何の役にも立たない記憶も芝居となると色々な可能性を秘めている。

緊張
他人の座り方。この不自然なさが、舞台上で他人に成り済ます重要な手懸かりとなる。他人なら恥をかいても、自尊心には傷が付かない。

帽子とほほ笑み
自分の番が過ぎると、他の人の緊張を楽しめる余裕が生まれる。

マイク
隣の人がマイクを持つと、「次は自分だ。さあ、どうしよう」と考えるのは自然。しかし、まだ稽古初日なのに、話に飲み込まれる瞬間もある。

夜の部
昼の部の参加者も数名残っているとはいえ、夜の部は人の数を見るだけでも迫力がある。小チームを組めば、公演は軽く二時間を越える事になる。せっかくなので、森田は集団の迫力を活かす演出に挑む事を決心する。