迷いの揺らぎ
津ワークショップから二日しか経っていないとは到底思えない。この企画を始めた時、全国八個所が多く感じたが、残りは今回の栗東ワークショップを含めて二回だけだ。残り回数が少ない分、ここでは何が出来上がるかがよけい楽しみに感じる。
昼の部の参加者は80人、夜の部は90人以上の予定だ。こんなにも多くなると、辞退する人がいなければ組み立にはまた工夫がいる。どんな方法をとっても舞台は狭く感じるだろう。
ワークショップが始まってから僅か三十分だ、既に凄まじい展開が見られる。最初の人は、やはり自己紹介と、自分と演劇の関わりを話しだす。所が、十五人目の参加者の言葉は全く違う。
「乾いた土ににポツン、ポツンと雨が降っていり、水玉模様が出来る。雨が降り続けると、その模様も消え、地面がきらきら光るようになる。傘を持たない人が自転車にのって通り過ぎる。ブルドッグがこちらを見もせず、急いで家に入っていく。遠くに踏み切りの音が聞こえる。コン、コン、コン、コン。だれかに声かけられる。「気持の良い雨だね」、と。振り向くと白髪交じりの七十位のお婆ちゃんだ。ピンクのヒラヒラが付いているワンピースを着て、手から買物袋を下げている。お婆ちゃんが話を続ける。「私の家は、このすぐ近くです。家の側の神社には井戸があり、その水がとても澄んでいます。その水を毎朝、豆腐屋さんがくみに来ます。」
ゆっくりと、間を取りながら話す言葉はまるで夢か繊細な小説のなかの風景のようだ。
実は、この急成長には、九人目の参加者が大きく貢献している。一人目は自己紹介、二人目も釣られて自己紹介をし、森田に却下された。自己紹介から始めると、本題に入るには時間があまりにもかかり過ぎる。三人目は自分の感想を四人目は目の前にある車椅子の話題をもちだすが、これも演劇には繋がらないので却下される。五人目もまた自分の感想を話し、六人目と七人目は連続して質問を試して「駄目」といわれた。禁止項目は大体網羅され、八人目が森田が狙っていた架空に近い話をしだした。
あとは今までの禁止項目をさえ避ければ良いのだが、ワークショップは教室ではないので、自分で探るのが肝心。森田は笑いながら九人目に、「さあ、大体これで分かって来たでしょう。あなたは若くて器量もあるから、苛めてやるね」と宣言し、その場を離れた話題を持ち出すよう唆し始めた。しかし、間違った方向へ一歩でも踏み込みそうになると「駄目だ」と言う森田の指導は通じない。数度目の「駄目」の後、その参加者は表情を固くし、自分だけがどうして苛められるのが納得いかない、期待外れだ、と言い残して帰ってしまった。
稽古が始まってからに十分も経っていない。会場には一瞬気まずい空気が漂う。しかし、この事によって「帰るかどっぷりつかるか」の選択を迫られた他の参加者は、結果的に「どっぷりつかる」方を選んだ。次の参加者は神経を研ぎ澄ませ、車で来た話から導入したものの、今までの「駄目」項目を慎重に避けながら虫と子供とその親の話を繰り広げた。十一人目の参加者は図書館の中の風景。その次がお玉杓子やアメンボがのんびりと過ごしている水たまりの話。次はスーパーからスーパーへと買物をし続ける時出会ったけったいな人物。十四人目の参加者は老夫婦が経営しているお菓子屋を訪れる客が前の停留場のバスを待たせようとするが、結果的には取り敢えずお菓子だけを貰い、料金を後払いにする話をした。
まるで九人目の参加者が皆の迷いを持ち去って行ったかのようだった。しかし、その貢献には本人は決して気付いていないだろう。戻って来てくれないかな、とずうっと待っていたが、結局は森田あての厳しい抗議文だけが届いたのだ。大人の判断なので致し方ないが、心残りだ。
稽古は頭に浮かぶ人物の描写や、その口調の再現などで続く。面白いテーマが出て来ると、他の参加者にも自分なりに工夫してその話を展開させてもらう。琵琶湖の話は多いが、一番使い回しされたのは「五円玉と月が同じ大きさだ」という話題。本で読んだ人、恋人に聞いた人、教訓として扱う人と、使い方は色々で面白く、本番でも使えそうだ。
一日目にしては恐ろしく早い進み具合だ。焦らずに様子を見て、展開を見守ろう。

今回も参加者の総数が170人前後。よくみると、中には新宮や三重等のワークショップの参加者も数名来ている。数日前に分かれたばかりなのになのに何故か懐かしい。

静かに展開する雨と犬とお婆ちゃんの事を語る参加者の姿。「気持の良い雨ですね」というお婆ちゃんの優しい一言で、その姿や表情が目に浮かんだ。

頭に浮かんだ人物を演じてみる。喋るのは自分ではなくその人なら、困ってもあがっても大丈夫。

自分の番が来る前は緊張する。しかしその後は楽になる。

同じものを同じように感じると、気付かないうちに体も同調する事がある。面白い現象だ。

円陣で上手く行くと、次は舞台上で同じ事に挑戦。上がっても、腰をすえて知らん振りをすれば成功。

こんなに上手くいくとどんどん進みたくなるが、急がば廻れだ。あしたもゆっくりと稽古を続けよう。