平成17年度公共ホール演劇制作ネットワーク事業 イッセー尾形のつくり方

photo: YOSHIHIRO TATSUKI

photo: YOSHIHIRO TATSUKI

イッセー尾形・ら からのメッセージ

お芝居は観客が想像するもの

 我々「イッセー尾形・ら」は25年に渡って一人芝居を続けてきました。日本各地で年間100ステージ。12年前から毎年海外にも出掛けております。
 一人の俳優しか舞台に立たない、地味な芝居が何故こんなにも長く、大勢の観客に支持され続けたのだろう。それはこれまでの演劇のつくり方とは違ってるからです。一番大きな違いは、お客さんの想像力を信用している点ではないでしょうか。我々は「与えてくれる芸事はテレビで充分だ」と思っています。
 ひとりの人間をずっと見続けると、その人固有の人生を誰しもが想像するものです。平凡な人生だった、人様に見てもらうような立派なものはなにもない、と感じておられる方こそ、謙虚な深い人生があるのではないでしょうか。
 人間を見る、そして見られることこそが我々の考える演劇なのです。すまし顔で撮った記念写真より、いつ写されたか気づかなかったスナップ写真の方が魅力的だったという事はよくあるものです。舞台に立つという緊張の極地と思われる状態を、コタツでミカンを食べてるようなくつろいだ時間にすればよいだけなのです。
 我々が素人の人たちと芝居をする試みも10年に渡って行なってきました。74歳のペンキ屋のおじいさんや、11歳の小学生も参加してくれました。そして、みんなイッセー尾形と同じ舞台に、いつの間にか立ってしまいました。
 大決心はいらないのです。見学のつもりで気楽に稽古を見に来てください。退席も自由です。
俳優イッセーと演出家森田は、30年前は台本や装置のある普通の芝居をしてたんですが、生活に追われるようになり正業に就き、お金の掛からない方法をあみ出さざるを得なかったのです。それがこんな変わった芝居を始めたキッカケでした。そしてその時に、職場で地道に生きてる人たちの人情や機微に眼が開かれたのです。これまでテレビや映画、舞台で取り上げられなかった人たちを新たに発見しました。恋愛も犯罪も裸とも関係のない、我々の描いた人物の数は350人を超えました。我々は日々の生活に忙しい人たちと、一緒に芝居をすることが念願だったのです。
 公演を観に来てくださる観客のみなさんは「面白い」「面白くない」の領域を越えた奇妙な舞台を眼にするでしょう。完璧に芝居をつくり上げてきた、イッセー尾形・らの悪戦苦闘は間違いないのですから。どうぞ暖かい眼で見てやって下さい。
  文責 イッセー尾形・ら


「イッセー尾形・ら」
照明も音響もチケット販売も自前でやっているスタッフの集団名。登校拒否児、引きこもり、フリータ職人、子連れママなど、演劇を目指さない人たちがイッセー尾形を支えている。
「イッセー尾形」

1953年生まれ。25年前、お笑い勝ち抜き番組でテレビに出るが、芸能界と肌が合わず、コンスタントに舞台生活を続けている。最近は「桃井かおり」さんという理解者が現れて「二人芝居」も。

「森田雄三」
イッセーの舞台しか関わらない演出家。40歳まで建築業に従事していたが、二股生活がたたってか、骨肉腫になり左足を失う。しかし身体を大事にする気配がない。稽古のすべてを指導をします。58歳。
「74歳のお爺さんと、小学生」

昨年の北九州でのワークショップ参加者。お爺さんは「国定忠治好き」の金貸しを演じ、小学生は「レンタル家族」と遊園地にいく施設の児を演じた。通常では考えられない人たちが主役となり得るのである。ちなみに小学生の相手のパパ役は劇場の技術さんだった。

「コタツでミカンを食べる状態」
何かを演じようとするから緊張するのであって、演出家の要求は何もしない事です。不思議なもので、参加者は自然と何かをしたくなってくるみたい。きっと人生を積み重ねた方は、人様のお役に立ちたいと思うのかもしれませんね。自己主張したい人には不向きな舞台づくりです。

「イッセー尾形の舞台」
うだつの上がらない営業マン。子だくさんの親父。キャバレーの老ホステス。さびれた商店街の仕立屋。暇な線路保線工夫。初めてオシメを付けさせられた老人。保育園でクラシック演奏する老嬢のチェリスト。などなど。地道な人の、なにげない時間を舞台に立ち上げています。
「奇妙な舞台」
これまでの経験からいうと、地元の参加者のノリで、当日ラインアップを決めます。危なっかしい舞台の出来になれば、素人の参加者ががんばったということになり、見るに値する舞台になればイッセーさんが支えたということになります。我慢しても90分の忍耐です。見逃したら二度と見られない舞台とも言えますぞ。



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平成17年度公共ホール演劇製作ネットワーク事業