恋愛は自己アピール
ようやく熱もさがり、クェストホールへ向かう。昨日はここで別のイベントがあったらしく、今日はイッセーの公演の為の仕込み直しだ。ロビーを覗くと、オフィスのスタッフに交えてワークショップの参加者も働いている。
不思議な感じだ。八ヶ所のワークショップの総参加者数は千人前後になる。名前を覚えるの事がただでさえ苦手なので、千名となると絶望的だ。しかし、その一人一人の顔を見ると、各ワークショップ会場や公演の光景が目に浮かぶ。ロビーを渡ると親しげに挨拶する人、仕事に没頭している人、まるで毎日会っているかのように振る舞う人と、皆懐かしい。
いざワークショップが始まると、カメラがない。次の日も撮影するつもりで楽屋に置いてしまったのが、会場を明け渡した時オフィスへ持って行かれ、そのままになっているらしい。しかたなく、今日はスタッフの小郷ちゃんのを借りる事にする。
ワークショップの進行は、今までのに比べて吃驚するほどゆったりしている。今日はもう四日目なのに、そんな感覚は全くない。休憩の時、大学で心理学を教えていて、この一連のワークショップを観察し続けている吉村先生に、風邪で休んだ二日の事をと聞くと、あっさり「今日と同じ感じよ。のんびりしているよね」と言われ、少し戸惑う。二人でいくつかの仮設をたててみるが、結論には到達出来ない。もしかして仕上がりが早過ぎると過熟する危険があるので、あえてペースを抑えているのかもしれない。
今日も自分の欠点を並べる稽古が行われる。病気のような事実や、身の回りの整理のようなしつけの問題ではなく、人格や性質に係わる問題だ。恋人に、自分の部屋の汚さを真剣に語る者はいないだろう。
そんな話が飛び交う内、また参加者一人一人のの個性がはっきりする。テーマが恋愛、しかも太宰治的恋愛だと、完全に外的モデルに頼れず、どんなに演技だとは言え、否応なく自分の経験と性質が盛り込まれる。ペースがゆったりしているのは、もしかしてこの事にもなんらかの関係があるような気がする。
恋愛に関しては、だれしもが経験があり、訓練を繰り返しているという。相手に「そんなの苦手だ」と言う人も、「貴方の目は美しい」という人も自己アピールしているには変わらない。
森田は、時には参加者の演技を止め、「貴方はタイプが違う。正座をして、涙を堪えながら「努力しています」と繰り返してごらん」などと指示する。言うとおりにすると、演技がガラッと変わる。参加者がいつもの自分に戻ると、森田がその落差を指摘し、それに注目してほしいという。
話も稽古もとても面白い。しかし、テーマはあるとは言え、これからどんな作品が生まれ、どの方向へ進むかまだ想像がつかない。

今日は、イッセーさんの公演の準備があるので、稽古場が楽屋へ移ると、決して大きくはないスペースがぎっしりと埋まる。

三重などで参加もしてくださった朝山君は、今回はライターとしての監察役に廻る。参加者としての経験も活かせると、また面白い記事が期待出来そう。

今回の稽古はゆったりしている。色々と話をしながら、色々な場面を試している様子だ。

観察者は他にもいる。いつもワークショップを見に来てれている吉村順子先生は、作品だけではなく、参加者達一人一人にも気と心を配っている。

休憩時舞台を通ると、イッセーさんが一人芝居の稽古をしている。まだ数日の余裕があるワークショップとはちがって、今夜の公演が間近なので静かな緊張感が手に取るように感じられる。幻想的にきれいな光景だ。数枚の写真を撮ってから、声も掛けずに皆のいる部屋へ戻る。

ワークショップが進むのと同時に、スタッフが今夜の会場に向けての準備も進めている。昨日は別のイベントが入った為、ゼロからの出発だが、何度も繰り返して来た作業だ。会場時間迄には、間違いなく観客を快く迎えられる。

公演前の一息。ワークショップが終わり、イッセーさんの公演が始まる前の一時、演出家の森田は、ホワイエで一息つく。彼なしでは考えられないワークショップだ。座ったかと思うと、もうまわりに人たかりが出来ている。話しやすいのは、例え言葉が厳しくても、それには憎しみのかけらもない事が自然とわかるからかもしれない。