涙と笑い

まだ五歳の時の話だ。両親が買った家は、一番近い町から歩いて一時間の距離だった。隣の農家は、うちから森の中を歩いて五分。毎朝、その道を歩いて、隣の家から絞りたての牛乳をステンレスの容器一杯貰って帰る事が私の仕事だった。

ある日、家へ辿り着こうとするまさにその時、悲劇が訪れた。二つほど年上の農家の息子に、容器を元気よくくるくる廻すと、例え逆さでも牛乳が漏れないことを教わったばかりの事だった。その不可思議な現象に酔い、なにかに躓き、牛乳を全て零したのであった。家へ帰れば怒られるに違いない。ステンレスバケツのそこに僅かに残っている牛乳を数十秒眺めた末、どんなに眺めても元どおりの量には戻らない厳しい現実を受け入れ、小泣きしながら隣の家へ戻る事にした。

隣のエイラ小母さんは優しかった。「それは大変だったね。ほら、かしてご覧。又入れてあげるから」というと、あまりにもの優しさで、よけい涙が流れて来た。「男の子でしょう、男は泣いちゃだめよ」と言われると、何だか悔しくなり、「男の子はなぜ泣いてはいけないの。悲しくなったら泣いても良いでしょう」等と反論し、さらに泣いたのだ。その言葉は忽ち評判になり、かなりの月日が流れた今日に至っても近隣で語られているらしい。

自分でその事を思い出すのは何年ぶりだろう。大人が人前で泣く姿は中々見られない。しかし今日は違う。演出家の森田は参加者全員を舞台に並べられた椅子に座らせ、「さあ、泣いて」と言う。

「子供の時の様に泣いてみて。うん。大人みたいに涙を隠さずに、だれの目も気にせず、子供の特権のように泣くんだ。」

参加者は一人ずつ泣く。渋めの外見にそぐわないシクシク泣き。何だか落ち着かない悔し泣き。大きな悲しさを思わせる大泣き。手慣れた強請り泣き。小さな怪我をしての構って泣き。みんな、その時をまだ覚えているのね。

一人ずつ泣くと、面白い現象が起きる。遠慮して泣いている人の場合はそうでもないが、思いきって泣けば泣くほど、本人以外の皆が大笑いする。なにがそんなに可笑しいのかはわからない。しかし、泣いている本人も、笑っている廻りの者もとても自由なように見える。

一人一人を側から見ると、実際にそんな風に泣いていた時の面影が見えるような気がする。あの時の子供は、今こんな姿で頑張っているのね。なんだか不思議な気分だ。

今日のその後の稽古も本番も、とてもぼんやりしている。一昨日からの熱のせいもあるだろうが、もう一つの原因は多分この「泣く稽古」だと思う。本当に色々な事を思い出させるのだ。

各作品にも変化や進化が見られ、イッセーさんの参加のしかたも昨日とは変わっている。

「読めよ」の彼女が、無邪気に相手に突き出す腕には、無数のシールがはられている。今日のお昼のお握りのを全部集めたのだろう。その仕草と行為は、演じている女性をとてもよく描写している。今日二人の前に現れるのは、去年この場でフレドリックという犬を亡くした老人イッセーだ。

「音楽の為に」の男性は、ほんの気持、心に迷いが有るように見える。が、彼女のお父さんが家へ帰ると、二人はすかさず酒盛りを始める。

「二つの携帯電話」の女性には、若い娘が有る事が判明する。途中で帰って来たバイト姉さんイッセーは、椅子の上で膝を抱えながら二人のやり取りを聞くが、最後は自分の意見を言わずにはいられなくなる。

少し怜悧狡猾すぎる年上の彼女に、今日穏やかに語りかけるのは、若者のもう一人の彼女ではなく、引きこもりのお兄さんだ。

見て面白い芝居だ。しかし、自分にとっては、今日の最大の収穫はやはりあの朝一番の笑う稽古だ。

大人にとって、日常の仮面を外し、自由にいられる場所は少ない。「自由」という言葉その物の意味が薄れている今日、例え限られた人の前であっても、自由に泣いて、泣いている自分を廻りの人が思いきって笑っているのを知り、傷つかずにいられる場所は宝だ。

参加する人は、何処となく、「ここなら、いつもの自分を演じる必要がない」と感じるからこそ、他人を上手く演じられるような気がする。このワークショップシリーズは、ずうっと続いて欲しい。

音楽隊
毎回新しい音楽隊。参加によって、眠っていた音楽への意欲が目をさます。

彼のお兄さん
昨日は別の彼女がいた年下の彼。今度は、奥の部屋で何年も引きこもっていたお兄さんがいるのが判明。今までの会話を全て聞いていたらしい。

二人と小父さんとフレドリックの墓
インテリ自慢の彼と、可愛い自慢の彼女。二人のデート場で犬のフレドリックを亡くした小父さんイッセーが、二人の様子をみて意見を述べずにはいられなくなる。

ミュージシャンと女とそのお父さん
黒ちゃんが演じる売れないミュージシャンが、彼女に新しいギターを買う為の資金をねだり終えたその時、帰ってくる旗振りのお父さん。彼を一目見て気に入ったらしく、早速二人は酒盛りを始める。

母のような愛
「お握り作ったでしょう。あれ、お母さんが作ったのと同じだったんだ。俺、あれで、これこそ本当の愛だと確信したんだ。」

母と子と母のような恋人
二人の前へ現れる母はかなり大人だ。息子が迷惑をかけてるだろうと心配し、穏やかながらも厳しく息子とその恋人の将来をつつく。何でこんな息子に育ったのだろうと不思議だが、明らかに親子だ。

演出家の森田
稽古は公演後も続く。好きでなければ出来ない仕事だ。好きだからこそ参加者も何処までもついてくる。