イッセー尾形オフィシャルサイト
2007年1月 エストニアにて

二〇〇六年最後の公演を、エストニアの首都タリンで飾ることができた。この連載の第一回が、十五年続ける海外公演の報告であるのがうれしい。
「山藤章二さんがイッセーさんを描いた、あのイラストのイメージで…」との担当記者の発注に納得した。頭は下げているものの、表情の苦々しさは決して謝ってはいない。二五年前の絵はすでに「イッセー尾形」の本質を言い当てている。
一人芝居という独自スタイルを続けるために、曲げられなかった事がどれほどあったことか。「仕事先で話しかけられても返事をしなかった」と聞かされても、謝りようがない。実感のないまま頭を下げれば、相手のおしかりをもっと買ってしまう。
社会から外れていく自分のために、他人と繋がろうとした欲望がネタつくりだったのかもしれない。四百以上のネタをつくり、人並みの世間知はついたが、己の無愛想さに「こりゃ相手は怒るな」とひと事のように理解はするのみ。失礼の数々には頭を下げるようになったが、口元の苦々しさ相変わらずなのだ。
エストニアでは、中世の城壁に囲まれた石畳の中に、「天国劇場」はあった。数百年前の建物の六十六段の階段を上る。大きな家具、石の胸像までも、最上階に置いてある。息を切らして屋根裏の劇場に着くと、スタッフのアルミンが大きな機材を黙々と動かしている。彼の太い腕と軽々した足取りに、エレベーターのない最上階の劇場の当たり前さを感じる。
旧ソ連時代に最初に独立した国の一つだと聞いた。どの店に入っても、注文しても全く笑顔が無い。タクシーの運転手も、怒り声でチップを拒絶する。 そんな街の劇場に観客は喜劇を観に来るのか、そして笑うのだろうか。
ご高齢のカップルが着飾って、あるいは若者が車椅子の友人を運んで、次々に客席は埋まった。
終わった後も皆、席に残って、身体を屈めて感想を書き込んでいる。「この国で起こっている事が日本にもあるなんて」。同感の言葉が少なくなかった。
後片付けに出ようとしたら、アルミンは「何もしないで良いよ。あなたたちは大事な事を、昨日と今日、すべてしたんだよ」。怒ったままの顔で言った。互いにすてきな事だったと実感さえできたなら無愛想にもおびえることはないさ。なのでエストニアではあやまりませんでした。
(共同通信社2007年1月配信)