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2007年6月 大阪・中之島にて

ヨーロッパの偉大なる歌手マックス・ラーベ、そして、彼が音大の学生時代からチームを組んでいる十二人の楽団パラストオーケストラを、僕たちは去年から日本に招聘し、興行を始めた。
彼らはドイツ国内で毎夜二千人のホールを満席にし続けている。今年はチーム結成の二十周年記念コンサートが開催された。ベルリンの野外音楽堂に一万四千人が集まったその日は、途中からドシャ降りだったと聞く。なのに、会場には次々と傘が開き、ラーベさんが、雨の歌を歌って大喝采だったという。
一九二〇〜三〇年代のヨーロッパの曲を当時の演奏そのままに再現する音色とラーベさんの歌声は、大正七(一九一八)年築の大阪・中之島公会堂に見事にフィットしていた。
寒い雨の中、続々と観客は来てくださった。日本語で歌った「白い船のいる港」や「野球小僧」など全十五曲を見事に歌い切り、場内は鳴りやまない拍手に興奮した。本国では決してすることの無いサイン会で、何百枚ものCDにサインをした。
会場側から「重要文化財なんですよ」と何度もしかられ「九時半には必ず全撤去」とせかされても、僕たちはめげなかった。意気揚々と皆で会場を出ようしたその時、「楽屋の鍵が一つ足りません」と引き留められた。
公共の管理体制を誇りに思っている方から見ると、僕たちのチームは、ピアスにずり下げズボン。歯切れの良い返事など期待する方が無理なのだが…。頭から湯気が出るほど、管理事務所の方々は怒りまくり、僕らを批難した。
ラーベさんは「終わるまで、外で皆を待ってるネ」とまだ冷めぬ余韻に目を輝かせて、満足げに、いつの間にか雨が上がった澄んだ五月の並木道を眺めていた。と思ったら、自分の衣装ケースに座って、道路工事を眺めていた。これから深夜工事を始める作業服の人たちがラジオ体操をしている様子を、歌い終わったラーベさんはきっと「日本の思い出一番」にするかもしれないと、僕は変にうれしかった。
翌日お客さんから「終演後、外に出たら、雨上がりの光る並木道を、今聞いたばかりの『雨に唄えば』をハミングして歩きました」と、喜々としたFAXが届いていた。
「鍵騒ぎがあって、かえって君たちの対応、仕事ぶりが分かった。君ら百点満点だよ」。ラーベさん一行は「また来年来るよ」と帰国した。
(共同通信社 2007年6月配信)