イッセー尾形オフィシャルサイト
2007年6月 ステキな先生たち in 三軒茶屋
「毎日がライブ」
世田谷パブリックシアター 6月9日
ピンクのジャケットにライオンヘアのイッセー校長が鳴らすチャイム。さっきまでの二人芝居の余韻を味わっている客が,そのくすぐりに心地よくなる世田谷夕方6時。口の端をのばして意味のないことをおかしそうに話すオイケ校長。実物は珍しく照れて上手側手前椅子でうつむいている。
そう,あの先生たちであります。兵庫県のほんものの小中学校教師たち。かつて,神戸新開地,3月31日という教育業界の限界の日に,堂々のアドリブ芝居2時間半で客を酔わせたあの先生たちが,三茶に集合しました。 そのときの様子は教育出版からDVD本になって出版されています。近頃珍しく抱腹絶倒の教育関係の本です。
芝居前,控え室で所在なく車座になっている先生たちを訪問。わたし自身がびっくりしたのは,会ったとたんなんとも言われぬうれしい気持ちがしたこと。あの舞台を見た人はみな,どうしようもなく先生たちに親しい関係性をもってしまうのです。1年ちょいの間,新人くんだったケダモト先生は貫禄を漂わせておとなの先生になっていますし,いかり肩コハマ先生なぜか,表情が溶けている感じ。ナカニシ先生は一層元気に。まったく変化がないのはもちろん,オイケ校長。
朝礼挨拶
舞台の上でイッセーオイケ校長自己紹介中です。
外国に視察に行きましてね。インドとパキスタンの間にある国。ほんとにあるんですかね,と一人つっこみ。仏教が根本にあるので,2×2もひとまずお釈迦様にうかがいをたてなければいけない,とあり得ない話し。すると,照れていた実物オイケ先生,なんと,小道具の紙にメモとってます。メモ取ったりすると,落ち着く習性なんでしょうね。もちろん舞台上のイッセーオイケ校長に注意されてます。
出席とり
暗転して,下手側だけが照明で浮かび上がります。タマダ先生です。 出席取りが始まります。あなん,あらた,西本,返事ちっちゃいなあ。
数人に一人,必ず先生からなんらかのコメントをもらいます。学校では優等生より,ちょい注意されるくらいの生徒の方が居心地がいいんだよな。と思わせる光景が続きます。しばらく続くと上手側に光が当たり,コハマ先生の肩いからせた姿が浮かびます。「テスト返しますよう」。最初はもったいぶってゆっくりなのに,どんどんスピードが速くなり,答案が指でめくられて生徒に次々と渡されていきます。よせばいいのに,「一番後ろの答案,さっきから点が見えています」と指摘する子もあり,先生困惑。ああ,先生が千手観音に見えてきます。あっちにもこっちにも生徒がいて,あれもこれも眉に情けないしわを寄せながら誠実に対応しています。
新人ケダモト先生が出席を取ります。生徒に対して丁寧語で話しかけるところが新人先生。少しバランス崩れたら,すぐに生徒になめられそうです。窓際後ろの方に,多動の子がいるらしく,ケダモト先生,何度も,「タナカくん,座っていてくださいね」と丁寧な言葉を同じトーンで繰り返します。そのあきらめとけなげさが混じった繰り返しにほろっとさせられます。
タマダ先生はいつのまにか,黒板の前に立っています。新人先生の指導役です。教室は実力のあるタマダ先生に向けて集中していきます。タマダ先生が教室内を立ち歩くタナカくんに注意しようとするのをなだめつつ,ケダモト先生は,タナカくんにも誠実です。「タナカくん,鉛筆持ってるのは偉いですね」
実力派タマダ先生はいきり立ちますが,平成19年度から開始した特別支援教育の手引きには,多動で注意集中困難な子どもは,できるだけ誉めるところを探して自己効力感を増すように指導しようと,書いてあるはず。新米教員とベテラン教員が二人舞台にいるだけで,教育場面の裏表がくっきり浮かぶおもしろい構成です。
そういえば新興住宅地の小さな小学校でのこと。卒業式に呼ばれたら,壇上に日章旗。でもって,その後ろに舞台全体にわたるほど大きな子どもの貼り絵が掲げられています。
国旗を尊ぶのはいいことだけれど,お辞儀を強制されるのには違和感をもっていたので,どうなるのかなあと思っていました。地域や他校からの来賓のお母さんたち,また,以前勤務した女性の先生たち,みな壇上にあがるときに深々とお辞儀をするのです。が,その向きが日章旗を微妙に避けしかししっかり子どもの絵の方には向いているのです。なんか,そのとき教育という人間的な営為の深さと本質的なユーモアを感じました。先生たちみんな現場では裏表どっちも心底大事にしているのでしょう。
次は伝説の英語教師。
イッセーさんです。黒板に英文を書きながら,顔も身体も生徒の方にしっかり向いています。イッセーさんの顔,英語教師のときの顔をまねしてみました。眉と目を思い切り上に向かって引き上げ,下あごは同じくうんと下の方に一直線にひきむすばれます。この顔で,教師は教室内におこることをくまなく把握しようとするのですが,どうも,どうでもいいことの方が気になるようです。眠気のある生徒に,おもしろい話しをしようとして結局,ささやかな自分の自慢話になってしまいます。生徒は一瞬耳をそばだてて,また眠りについてしまうようなそんな話し。だって,先生がビデオ主任に選ばれた,とかオリエンテーリング地域なんとか事務所長になってしまった,って名刺を生徒に回覧してしまうんです。でも,こんな先生が生徒に小さく生きるコツを教えてくれてるんですよね。
次は「実は先生・・・」編です。
走れメロス
中学2年だったでしょうか。だれもが知っているあの人間を信頼するかどうかの物語。タマダ先生は「メロスが恐ろしく大きなもののために走っている,その大きなものとはなにやったか,宿題やったやろ」と質問します。板書された「恐ろしく大きなもの」とは,に,山,富士山,くじら,と答えるのは,考えていないのか先生をからかっているのか。ここだけ見て考えるな,と声を張り上げながらも,急に潜めた声は「先生ねえ、神戸大学の付属病院で働いてた。医者?違うよ。看護婦?看護婦やないよ。嫌がる仕事があんねん。いい線いってるね。死体関係。わかる。死体沈め。実験に死体がいるの。残りの遺体をホルマリンの水槽にいれておくの、ところが夜中になるとふーーんと浮いてくる。空気にふれるといたむから、長い棒でしずめるの。まだ、ふううんと浮いてくるねん。」と,上背のある先生自身がふううんとゆらゆら伸び上がると,教室ほとんどお化け屋敷です。
静かさや岩にしみいるせみの声
そう、有名な松尾芭蕉の俳句。「先生と同じ速さで写しましょう」とは,板書のときの決まり文句のようです。「季語がある。せみ。そうですね。季節は夏ですね。せみという言葉から思い浮かぶことをたくさん書いてください」押し寄せる子どもたち。
いいですねえ。教師の言葉にちゃんと反応。
えーとね,泣くという言葉を使わないで言うとどうなりますか。
あ,間違えました。静かという言葉を使わないで説明するとどうなりますか。
どうやら,舞台上でほんとに間違えてしまったコハマ先生。やるせない表情はみせるものの,このくらいのことは人間教師にはあるものです。そういえば,さっき,二人芝居でも小松さんがみみずと黒ヒョウを間違えてましたっけ。その場で言い換えたりする場面がチャーミングでした。
「ところでせみは何せみ?つくつくぼうし。くまぜみ。にいにいぜみ 進研ゼミ、のどれか」もう,苦笑するしかありませんね。でも,これは舞台用ではなく,本物の教室ジョークです。
「ところで,松尾芭蕉の出身地があるとこ知っとう?伊賀上野。わかる?忍者」
「先生,思い出すことがあるんだよね。あんまりほかでは言うなよ。この教室だけ。履歴書にかいたんですけどね。先生,空白の2年間がある。その間、内閣調査室。わが国に存在するスパイ機関。小泉純一郎とは友達だったんよ。先生携帯を二つもってます。どこにも売ってません。小泉さんの訪朝のシナリオ書いたんは私なんですね」
文法ソング
ツジ先生,声はりあげて,何を言うか。「あれほど言うたのに、バレーボールを蹴っとったやつがいる。蹴っていいのはサッカーボール」
「先生は国語の時間にも教えたはずやろ。『バレーボールが泣いている』こんな表現を先生は教えました。♪擬人法。ボールが泣いてる擬人法♪ 好き好き好き好き 反復法♪」
「先生はシンガーソングライターになるか迷ったんよ。武道館をわかせるより教室の40人をわかせようと思たんや」
「用言。形容詞と形容動詞やったな。そやけど,こんなややこしいこと言ったら寝てしまうから、♪形容詞さわやかだ♪」
そして放課後 生徒指導室 編
マツオとヤブっち
「はい,ぐらい言えよ。昨日なにしとったん?イノウエぼこぼこにしとったやろ。おまえにどつかれて入院したんぞ。見取ったやつおんねんで」
と,いい加減疲れた声でいう教師。
すると,学生服のマツオはいたって,クールに
「いいよ。今日はしたって言うから」と帰りかける。
「違うやろ,お前が心底悪いと思ってるかどうかや」
「好き好き好き好き体言法」
「それ、反復法」
「おれはお前は信じたい」
「おれもヤブっちをしんじたい。」
「ぼこぼこにしたといわれたら、おれのせいでええよ。謝りに行くわ明日。ヤブっちに言われたから来ましたって。はずかしいやん、いまさら。」
「そこそこや。はずかしいという気持ちをうちやぶらなあかんわ。今大きな瀬戸際や。ここではずかしいを乗り越えるかどうかでお前の人生かわるんや」
「ペンギンの話するんやろ(DVD本参照)」
「せえへん」
「そやけど,象の話し。象はな、まわりにな、仰山黒い塊があるにゃ。ハトの死骸やね。。象はハトとなかよくなりたい。足でかわいいかわいいしたるね。ほんまは仲良くしたいねん。おまえにはも似たとこあると思うねんけどな。井上ぼこぼこにしたかもしれんけど」
ナカニシ先生
「あんた、田中くんのこと好きなん?」
「ほんまに好きなんか、大事なことやねんで」
と、女性教師は、愛情の問題を熱心に生徒指導室で確認する。中2の女性徒と中3の男子生徒を両脇において。うつむいてふてくされたように答えない女子生徒に、男子生徒が急に話しかける。
「アヤノ。子どもおろせ。」
「産むとか産まへんとか気持ちの話やろ。命がこれほど大事なことやのに、なんでわからへんの」と、真心の論理にもっていくことが指導と考える女性教師。「そやけど、中学の子どもが妊娠したら、愛情確かめるより、婦人科でしょう」と、客席は全員一致?
男子生徒は、繰り返し
「アヤノ、子どもおろせ」と淡々と言う。もっともとうなづきかける客席に、女生徒の声は
「いやや、産む」
すると、女性教師は
「何言うてるの。中学生が産むて何言うてるの」とつい、本音も出てくる。
男子生徒は教師にいさめられて、
「ほしたら、アヤノ、産め」
「いやや、おろす」
と、本当にどうでもいい二人。
とうとう泣き出す先生に、二人は謝る。これは生徒が得意なやつです。先生に対して、ことをおさめるための、ごめんなさい、すみません。
先生が悪いです。お互いの愛情確かめる前に,ごめんなさい、すみません、これをいえる状況作ってくれないばっかりに、生徒二人して途方にくれていたんですね。
「先生、ごめんなさい。勝手に子ども作って」
「先生、ごめんなさい」
もう、先生ごめんなさい言うだけですむ状態でないのですが。本当にしつけがよくて、どのタイミングでごめんなさい言うのか、それだけの間合いを計っているのですね。いくつもの論理が客席からは透けて見えて、これも構造がおもしろかったです。
父母の文句
困り果てるケダモト先生に、作業服姿の大声父兄(ツジ先生)
「二週間もうちの娘、どうなっとるんや。すみませんでしたあ。うちの子なんか、めしものど通らんって言うとるんや。だから、わし相談しにきたにゃあ」と、威嚇しています。ケダモト先生もまた、困って謝っているけど、どこか頑なな感じがあり、大声で威嚇する町工場主も責めあぐねる様子。そこへベテランタマダ先生入室です。
タマダ先生、さすが、ベテラン。お父さんが、妻に死なれ、二人の娘を苦労して育てた経緯を話題にして、ほろりとさせます。どうも、姉のときには子どもが問題を起こしてタマダ先生は収拾に走ったようです。職員室で、「しゃあないな。あの父ちゃん、わしには借りがある思とるやろし、ま、ちょっと顔だしてくるわ」とみんなに送り出された光景が目に浮かびます。
案の定、お父さん、トーンダウンです。吠え掛かってのど笛にかみつかんばかりの犬が、ちょっと知り合いに会ってその場をくるくる回っているような感じ。
ケダモト先生はタマダ先生に促されて今後の方針を口にしますが、
「まずは、運動会をめざして、クラスをまとめていくようにします」
とか、あくまで建前に終始して、しかもまじめです。
いじめは、厳しく指導すればよい、とは確かにそのとおりですが、実際には叱る先生の度量や威厳がとても大きく作用します。力がない教師がいじめた子を注意するだけでは、結局もっと被害がひどくなることは、教員側には常識かも。筋が通り生徒も一目おく教師ならば、いじめの初期にしかられた生徒は、言うことを聞くかもしれません。でも、その後、教師はいじめっ子を指導という形でずっと保護し続けることが暗黙に約束されてしまいます。どっちにしても、エネルギーはかかるのです。解決はしなくても、ふりあげたこぶしの下ろし場所が必要だし。ケダモト、タマダのコンビではそういう場ができあがります。こういうの、学校バッテリーっていうのでしょうか。
イッセー&小松
「この学校弁当、担任がいただきますって言わしとるやろ。なんで、いただきますっていうの。ってうちのかあちゃん、おこっとるぞ」と、多分普段は気弱そうな男性が苦情にきてます。神妙に聞いて、頭を低くしている先生に、乗ってきたと思ったとたんに、がらがらと開き戸があいて、次の先生が電話がかかったとか、会議だとか、呼び出してしまいます。しょうがなく、次の先生に、口を開いたら、
「問題はね、お宅の桜だよ。桜が寂しくなってる。毛虫の駆除とかしてるのか」
あれ、そういう問題だったの?
そこへまた新たに投入されたケダモト先生。
「うんこすわりなんとかしろ」あれ、また新たな課題を。
「夜中とかはできるだけ早く帰るように、指導します」と、とにかく、懸命ながら、実効性があるかどうかわからないことをケダモト先生言います。これってけっこういい勝負。
そこへ、町内会長の小松さんまでやってきてしまいます。
「息子が音楽の時間に何でもいいから好きな唄歌えといわれて、民謡を歌ったら、ふざけるなといわれた」と怒ります。
でも、もう、イッセーさんうれしくて仕方がない顔して、町内会長も追い詰めていきます。
「どんな、民謡?」
もちろん、客はほとんどが、この前の二人芝居を見てるわけで、そこでやったところなんですね。小松さんの十八番の一つ。
海の民謡
♪あらっヨット♪
歯医者の歌
♪はあ、どうした♪
とかですね。しかも、それをいかにもはずかしげに頼りなくおいつめられて演るものですから、小松ファンならずともたまりません。もちろん、先生方も、毎日がアドリブの連続技。ここでも、では、と彼が音楽の担当ですから、とケダモト先生に頭を下げさせます。音楽担当!ええ?ケダモト先生,けなげに学校の苦情を一身に背負います。もちろん,こんな打ち合わせなど一切ないのです。
もう、舞台は達者なライブ演じ手ばかりで、ファイアーです。それが、しっかり、客に伝わっていきます。教室は毎日がライブです。
職員会議
先生方、何を目標にしてやるのか、意見を発表してください。と、オイケ校長です。
「学年総務として、心豊かに、けじめをつけて、友達を思いやる気持ち持たせて」
「私のほうはわかる授業、わかりやすい授業をめざして、音楽の授業作りをしていきます」
「みずから学び考える生きる力をつけさせる授業」
「激動の社会に適応していく生徒を」
「全国学力テストの成績、最下位から少しでも点をあげます」
「的確な自己理解。適切な他者理解。多様化の社会に対応していき、グローバリズムを」
先生の前向きな意見ありがとうございます。6月9日以降、目標にしてきいましょう。
出席取りで始まり,職員会議で終わる,学校って,こういうタテマエとか形をしっかり守ってくれるから,だから,信頼できるんですね。先生たちのまじめくさった目標の発表だって,生徒が何を言い出そうと,ライブ力で丁々発止と受け止めるアドリブで鍛えた力があるから,タテマエもかっこええのです。学校は誰がきても,話しを聞いてくれます。解決はしなくてもいっしょに困ってくれます。落ちこぼれも,保健室登校も,ガリ勉も不良も,いろんな子どもがいっしょにいて,等しく扱ってもらえる場,学校ってやっぱり,いいところです。先生のライブ力を芝居仕立てにしたこの公演。たぶん,誰が見ても自分の学校時代を思い出して,大笑いして,親しみを感じて,だれかに会いたくなると思います。どうぞ,詳しくは,教育出版から出たDVD本『ステキな先生たち 毎日がライブ』を見てください。実は,去年と今年は相当違うのですよ。だって,毎日がライブですから。